教育におけるダッシュボード??

 ダッシュボードというとエクセルのアレですかね。
 まあ計器類による情報の一覧という意味で良いと思いますが、どうやらまたしても戸田市発で教育データの利活用という話になっているらしい。ちなみに言っておけばこのデータの利活用を基盤にしてダッシュボードをつくっている自治体は戸田市だけではない。自治体専門コンサルや新興AI企業にダマされた自治体はわけも分からずバスに乗っているというのが実態である。これは明石の人口増と子育てに対する期待の現れというありもしないデータの虚像もきちんと寄与していることを付言しておく。子育て予算にカネを投入していれば子育て世代の人口が着実に増加するというのは幻想である。予算を下ろしてたくさん使ってしまうのに手っ取り早いのはAIだというのは、まあ間違っていない。そもそもわけの分からん新興AI企業が黒字なのは適正価格ではないものを売って儲けているからであり、その後赤字に転落するのも同じ理由からである。実体がなくて、そのうち需要が無くなるものにお金をつぎ込まされているだけという意味では明確にダマされている。NFTがそうだったように。しかし公務員には異動という免罪符が存在する。異動する前のミスマッチには責任を問われないのである。
基本的にデータ駆動については賛成しているのだが前に一度触れたように結局日本社会でデータが正しいのか、恣意的に使用されないのかという不安が常に付きまといます。単純に政治家と官僚と大学教員に信頼性がないだけの話なんですが・・・

 大阪府の95%以上の学校が万博に行くことを希望しているのというのは明確に情報の恣意的利用です。もし大阪の教員がそう感じているとしたらよっぽどいい加減な引率をしているということです。まあたまに若手教員の中には子ども以上に自分が楽しんでいる奴がいますけどね。今の教育現場において引率というのは怖さしかありません。夜眠れないほどに。
 戸田市の教育データの利活用によるAIでの不登校予測について9割の学校が信頼性が高いと答えたそうですが、これもデータの恣意的な利活用であることは疑いないわけです。そもそも学校はそう答えるしかないわけですし、不登校ぐらいならデータやAIなど使わなくても「経験、気合、勘」で瞬時にわかります。不登校になるしかないデータを使って不登校になりそうですという予測をするのは例のケーキは三等分と同じやり口です。しかも不登校は結果に対してコミットするから良いわけで、事前のタイミングでの明確な対応をすることは逆に良くない結果を及ぼすことも多いです。経験上。

 まあ単純に言ってやめとけということです。データの利活用に賛同するからといってナンデモカンデモ自然科学の知見や手法を使うことが正しくないことはかなり昔に議論され実証済みの話です。何でその議論にふれないか?そちらの方が疑問です。少なくとも不登校、虐待、いじめについてはデータやAIの出番はありません。問題は仮説や研究の段階ではなく、実践の方だからです。しかしこれらの研究は建て付けの段階でもしくじっている可能性も否めません。教育社会学では終わってた話に、心理学が後から参入したからです。個人的見解で恐縮ですが心理学は領域から見て科学とは呼べないものが相当多く混じっています。教育と近いのでそこは同情するのですが、実践がいい加減というよりは研究の方がいい加減なのです。実践にコミットするには不充分な知見しかない。そんなんで現場において間違いのない対応をするというのは無理筋です。しかも心理職の人間はその不充分な知見を現場の批判として撒き散らします。教育学の論文呼んだことあんのかな?と思います。教育学も大概だと思いますが心理学論文はさらにヒドイ。ユングやフロイトに依拠する文章ときたらエビデンスはどこにあるのか?と問い詰めたくなるくらいです。そもそも大学教員の作文と学生さんの文章を比べて見分けのつかないときがあるんですよね。あり得ません。おそらうAIの出番はもっと複雑な学習効果予測や学習相関予測といった評価関係において効果を発揮すると思うのですが、こうした研究にこそ高度な基礎的研究が足りてなくて、新たな角度からの切り込みが長年見られていないんですね。もう一つは成績データが一番活用しにくい位置に置かれているということなんです。
 これも個人的意見で恐縮ですが、成績データは個人情報ではないと思っています。もちろん運用の仕方次第ですが。買い物のポイントカードのデータのような属性だけでもずいぶん予測や研究には役立つと思います。しかも不登校や虐待のように福祉のデータに依拠しない分やり易いハズなんですよ。それが広く利活用できるようになれば分析の手法の側からも発展してくると思われます。

 どうでも良いことにAIを使うということは、時間と労力の無駄である以上に教育の本質をおとしめて、さらに優秀な教員が不足していくという負のスパイラルをうみ出します。
 これはAIやデータ駆動の発展にも悪影響をあたえるということです。いかにAIが優秀でも使う人間が、、、、というとても低レベルの見本を絵に描いて額に入れて展覧会で発表しましたということにならないことをお祈りします。
 

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