夜驚症の長男に、「温度」を届けたいから。
長男は、夜中に泣き叫ぶ。
毎日ではない。
頻度も、回数も、昔よりは減ってきている。
でも、きっかけが分からない。
寝ているとき、突然甲高い声をあげて、おそろしいほど泣き出すのだ。
「夜驚症」というらしい。
最近は、21時半が定番のようだ。
初めて泣いたときは、おどろいた。
ふだんは聞かないような甲高い声で叫ぶので、夫といっしょに飛び起きた。
「夜驚症」というのを知らなかったので、大慌てで長男をなぐさめた。
「大丈夫?どっか痛いの?」
あれこれ尋ねても、泣き止まない。
軽いパニックに見えて、こっちまでパニックだ。
しかし、しばらく抱っこしていると、何事もなかったかのように寝始める。
そして、翌朝には、忘れている。
たまに、覚えているときもあって、そういう日に「なんで泣いてたん?」と聞くと、「こわい夢を見たから」と言う日もあった。
何度か起きるうちに、わたしも夫も症状には慣れてきたが、予兆がないので驚かされる。
なにより、あのキーンと響く辛そうな泣き声を聞くと、わたしの心臓がバクバクと鳴って、どうしようもなく不安になる。
早く、ぐっすり寝られるといいのに。
夫とふたり、下がり眉で顔を見合わせる。
次男が生まれてから、わたしは一階、長男は夫と二階の寝室で寝るようになった。
離れていても、泣き声は聞こえる。
閉め切った二階から一階まで、甲高い泣き声は筒抜けなのだ。
泣き声がしたら、なるべく駆けつけている。
もちろん、夫も起きてくれるし、優しく対処してくれる。
でも、行く。
少し電気を明るくしてやったり、声をかけたり、抱っこしてみたり、いっしょに横になったり。
なにが正解かわからないけど、夫といっしょに、やれることをする。
夫に、任せていてもいいのかもしれない。
実際、次男の手が離せないときは、丸投げだ。
だけど、わたしだって。
まずは、夫のために駆け付ける。
次男の夜泣きが大変なとき、夫が駆けつけてくれて、それだけで救われたから。
そしてなにより、長男のために。
「お母さん」であるわたしが、そばに来てくれたんだとおもってほしくて。
自分のために、来てくれた。
困っているとき、そばにいてくれた。
そんなふうに思えるように。
わたしも、そうしてもらったから。
◇◇◇
小学生5年生のころ、わたしも泣き叫ぶ時期があった。
もう大きかったので、「夜驚症」ではない。
はじめこそ無意識だったけど、途中からは「目的」も「意識」もあった。
そのころ、いっぱいいっぱいだったのだ。
通っていた学校のクラスが学級崩壊していた。
両親が不仲で、家の中はいつも不穏だった。
引っ越したばかりだったし、独り寝も始めたばかりだった。
ある夜から、わたしは「泣き叫び」がはじまる。
母は、助けに来なかった。
一階で、弟や妹のことをみていた。
二階のわたしの部屋に、「どうしたの?」と来てくれたことは一度もない。
声が聞こえてなかったのかもしれない。
一度だけ、一階におりて、「眠れない」と訴えてみた。
しかし、母は起きてくれなかった。
無言で布団に潜り込んだけど、邪魔そうに押し出されたので、それからはもう母を頼るのはやめた。
母は、べつのことでいっぱいいっぱいだったのだ、きっと。
代わりに助けてくれたのが、父だ。
父は、よく部屋に来てくれた。
優しい声で「どした?」と言ってくれたり、足をさすってくれたり、手を握ってくれたりもした。
最後には、父のベッドの隣でいっしょに寝かせてもらった。
父がすぐに気づいてくれないとき、父の寝室のそばのトイレにこもって泣いた。
壁も蹴った。
父が、「いっしょに寝よう」と言ってくれるまで。
何度も、何度も、ドンドン蹴った。
ベッドの端で寝る父の隣に並ぶと、父はあっという間に眠ってしまう。
あっちを向いて、いびきをかき始める。
心がすーっと寒くなって、また心細さにおそわれるけど、そんなとき、父の温度が伝わってくるのが心強かった。
となりに、お父さんがいる。
わたしは、ひとりじゃない。
だから、今夜はだいじょうぶ。
そうおもって、寝た。
翌朝、父は呆れた顔で「ひとりで寝え」と言うのだが、その顔はぜんぜん怒っていない。
だから、また泣いてしまうのだった。
◇◇◇
わたしは、父の「温度」に救われた。
父が、わたしのために来てくれたこと。
それが今でも、わたしの心を支えている。
だから、わたしも長男のところへ行く。
夫がいても、行く。
ひとりじゃないよ、と伝えにいく。
わたしも夫も、君のことを大切におもっているよって。
三人でならんで、横になる。
わたしの「温度」を、長男に届ける。
泣いてもいいよ。
何度でも来るよ。
そうやって、「温度」で伝えるために。
「夜驚症」については、ネットで調べたり、子育てセンターで相談したりしてみたが、「即解決!」というような手立てはないようだ。
ただ、誰もが言うには、「あまり気にしなくていい」とのこと。
年齢のせいかもしれないし、性格かもしれない。
何より、本人がそんなに気にしていないことを、親が「どうしたの?しんどいの?何か我慢しているの?」と聞き返して、不安にさせる必要はないと。
たしかに、そう思う。
「夜驚症」は、長男のせいでもないし、わたしや夫のせいでもない。
ただ、いろんな積み重なりが生んだ現象なだけ。
家族で気に病むほどのことではないのだ。
そう信じよう。
「お母さんが不安そうにしていることが、長男ちゃんを不安にさせるかもやで」。
先生の言葉に、「ほんとにそう」と何度も頷いた。
ドンとかまえて。
あとは、出来得る限りで、長男の心を愛情で満たそう。
21時半が来ると、ドキドキする。
なにも聞こえないと、ホッとする。
朝、夫に「昨日どうだった?」と聞くのがこわい日もある。
でも、だいじょうぶ。
みんな、ひとりじゃないんだから。
わたしはすぐ、となりにいるよ。