旅の思い出は、覚えているうちに。
益田ミリさんの『ちょっとそこまで旅してみよう』を再読。
書くことも、読むことも気乗りしない。
今、ぐだぐだのわたしには、ちょうといい温度の本だった。
断っておくが、内容がぐだぐだと言うわけではない。
がんばりすぎない。張り切りすぎない。
あるものでいい。できる範囲でいい。
ひとりでもいい。無理しなくていい。
益田ミリさんの本と絵からは、そんな「ほどよい幸せ」が伝わってきた。
おだやかな風にのって、それでも小さくスキップしながら。
「こうしなさい!そうすれば幸せになれます!」というメッセージは、今のわたしには強すぎる。
それよりも、益田ミリさんのように、「ひとりでも、ちょっとそこまで旅してみようか」という気持ちを持てる大人でありたい。
◇◇◇
本書は、益田ミリさんの「旅」の記録だ。
ヘルシンキ、スウェーデンなどの外国もあれば、奈良、京都、福井などの都道府県各地もある。
それに、東京スカイツリー、八丈島、深大寺(東京)など、ピンポイントな小旅行まで。
行先は、ほんとうにいろいろだ。
さらに、「女友達と」「母と」「彼と」「ひとり旅」など、同行者もいくつかパターンがある。
どのパターンも、それぞれ味があっておもしろいけど、根底に流れる雰囲気は、いつもいっしょなので安心感がある。
やっぱり、読み応えがあるのは「ひとり旅」だろうか。
益田ミリさんは、バリバリアクティブ系でもないし、英語も喋れない。
でも、ひとりでヘルシンキを旅したり、八丈島に「ひかるキノコ」を見に行ったりする。
ヘルシンキでは、拙い英語を駆使して、ガイドブックと現地の日本人観光客を頼りに、行きたいカフェや観光地をおとずれる。
ちゃんとたどり着けるのか、この旅の結末は悲しいものにならないか。
そんなことばかり気にして、ハラハラしなごら読んでいたが、ちゃんと楽しい旅だった。
八丈島では、民宿にたったひとりで泊まったことで、おばあさんとふたりきりの食事となってしまい、気まずい空気に。
狭い部屋で、おばあさんと向かい合って、おばあさんの手作り料理を食べる姿をまざまざと想像してしまって、胃がキリキリした。
「翌日は、べつのホテルに泊まることにした」と書いてあったとき、たぶん、当事者の益田ミリさんと同じくらい、わたしもホッとした。
「ひとり旅」ならではの体験だ。
うまくいったことも、いかなかったことも、ささやかな日常も、小さな幸せも、失敗も。
淡々と、でもクスリと笑いたくなるような、せつなくなるような、でも朗らかで軽い。
そんな温度の文章で綴ってある。
だから、読んでいるわたしも、小さく浮き沈みしながら、「旅」をともにする。
その感覚が、楽しい一冊だ。
何より、「旅」がうらやましい。
わたしには夫と子どもがいて、仕事がある。
それってすごく幸せなことなんだけど。
こんなふうに気軽に「旅」とはいかない。
いつも「旅」は、子ども優先だ。
温泉宿に行っても、わたしは温泉に入れなかったりする。
食事だって、運ばれてくるのを待てそうもないので、バイキングか、最悪コンビニになる。
そんな旅が、今のわたしの現状だ。
昔は、益田ミリさんのように、気軽に「旅」をしたんだけどな。
子育てが落ち着いたら、もういちど、こんな気楽な旅ができるだろうか。
その頃、わたしは元気だろうか。
夫は、いかにも早死にしそうな感じで不安だし、子どもたちだって、留守番できるほどたくましく育ってくれるかどうか、いやはや。
それに、「旅」って案外、すぐ忘れてしまう。
あんなにいろいろ行ったのに、わたしはたいして写真も残していないし、旅の記録も書いていない。
もっと、旅先でしか味わえない風景や、食事や、体験を大切にしてくればよかった。
若い頃の「旅」は、どこへ行ってもいつもと同じように、友達と食っちゃべって終わるだけ。
それはそれで、楽しかったけど。
今なら、もうちょっと楽しみ方を変えられる。
益田ミリさんに触発されたので、わたしも過去の旅の思い出を、記録にのこしてみようかしら。
北海道の新婚旅行は、書いた。
あと、夫と旅した中で好きだった場所は、どこだろうか。
長野県諏訪市は、とてもよかった。
福岡県の門司港で食べたモーニングも、すてきだった。
下呂温泉では、地元のお祭りをやっていて、旅館の窓から花火が見えたな。
学生時代の友達との旅なら、やっぱりイギリス。
社会人になってから、友達と行ったのは熱海が最後で、「来宮神社」というところがとても気に入った覚えがある。
こうして書き出すと、けっこう覚えているのに。
いつか、忘れてしまうとおもうと、とたんに「残しておきたい欲」に駆られる。
せっかくだから、わたしにしか書けないことを書こう。
「旅」の行程なら、誰でも書ける。
おすすめの食べ物も、観光スポットも、わたしよりもっと書ける人がいる。
わたしは、わたししか体験していないことを。
わたしだけの、しょうもなくて、小さな思い出を。
そんな「旅の記録」が書けたらいい。
実は、明日から旅行に向かう。
長男の希望で、ずっと行ってみたかった場所へ。
ついでに、温泉宿にも泊まってみようか、と突然計画した。
旅先では、「旅の記録」にのこしたくなるような、わたしだけの思い出を探そう。
明日の旅行が、「旅の記録」として、なにかカタチにできますように。