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塾の懇談にて②

 気不味そうな表情を浮かべる女子生徒には構わず塾講師が続ける。
「ビックリしちゃったよね。急に泣き出すから…」
 塾講師の問いかけに、懇談相手である実の親を目の前にそういうことまで言ってしまうのかといった様子で女子生徒が表情を歪める。
「だって基本問題だよ。応用問題とか引っ掛け要素があるようなものならともかく、基本問題が解けないと言って泣かれても…(苦笑)」
 よく分からないがそういう場なのかと合点してか、女子生徒もつられるようにアハハと笑みを溢しながら視線を私へ向けた。

 帰り際、私は受付けで入室の際の細かいやりとりなどを世話になった男性講師へ声を掛けた。表情を歪めた女子生徒と同様に私自身も、懇談の場があのように第三者を交えながら繰り広げられるようなものなのか、はたまたセンシティブな話題にも及びそうなものを茶化されるように配慮の欠いたもの言いをされるものなのか、どうも腑に落ちないままあの場を終えているのだ。もちろん志望校に対して点数が足りないなどの現実的な話をはっきりと告げられることは構わないし、むしろそういったやり取りを主旨とした場であろう。だが志望校を決める以前に、漸く通い始めた娘のクラスでの学習状況についてのフィードバックの場である。
 男性講師にそういった女性講師との諸々やり取りについてを伝えると、「そんなことを…」と怪訝そうな表情で、本人に確認すると言って受付の奥の方へと引っ込んで行った。

 私の元へ戻って来た男性講師も腑に落ちない様子で「そのような意図はなかった」、「失礼があったのであれば申し訳ありませんでした」と本人も言っているといった旨を私に告げた。女子生徒も巻き込みながらあのような場を展開しておきながら、そんなつもりはなかったはないだろうと私は返した。悪意の用のものを伴っていなければあのようには行かない。あるいは彼女の人間的な未熟さが何かの拍子に不意にそうさせてしまったか、それであれば彼女も何かストレスのようなものを抱えているのかも知れない。
 男性講師が手元の時計の時間を気にし始めるのが見て取れる。確かにそろそろ終電を意識し始める時間ではあるが、久しぶりにこのような侮辱的な行為に対面した私は全て用件を済ませてタクシーで帰れ、何ならその費用をこちらが負担しても構わない、それくらい後に引くつもりは毛頭無い。

 ふとデニムのポケットのスマホの振動に気付く。手に取ると実家の母親だった。こんな時間に珍しいと通話に応じる。
「あんたこんな時間まで外で何をしているの?人に迷惑かけてないで早く帰りなさい。自分の納得が行かないからって余り調子に乗るんじゃないよ!」
 そう言って通話を一方的に切られた。
 塾の懇談で外出していることを妻が伝えたのだろうか、帰宅しているはずの時間に未だ帰っていないと何かを察したのだろうか。このような始末に発展していることなど妻でさえ知る由もない。そして何だろう、私が周囲に迷惑を掛けている側なのだと決めつけるようなもの言いに腹が立ってきた。確かにこのままでいれば私は終電時間などものともせずに、塾関係者に納得の行くような説明をさせるだろう。

 …夢だった。
 実際の懇談の内容は丁寧なものだった。
 最寄りの進学校であるM高校へは大体どれくらいの水準を維持出来ていればその塾では合格圏と言えるということや、娘は計算問題よりも図形やグラフを伴う文章問題が得意で、その部分だけとるとそれなりに高いと言える偏差値であること、国語の文章題は物語を読むのは得意だが、説明文など専門用語が多いと手が出なくなることなどなど。
 普段から本を買い与え、読書だけは費用のことは一切何も言わずに無限に機会を与えているようなところはあるため、言われていることにも合点する。難しい問題については解こうともせずに空欄のままテストの時間を終えてしまうというのも我が子らしいというところではあった。
 計算問題が苦手なようだという点は少し意外だった。中学受験の過去問を解かせてみても、落ち着いてて解かせてみると複雑な問題も解いていた。きっとテストで高得点を目指そうという目的意識や自覚が未だそう高くないのだろう。

 高専を中退している私にとっては、受験と言えば高校受験の時にといた国立の高専向けの問題集を解いた記憶に遡るのだが、確かに当時通っていた進学塾で日々解いていた問題よりも、少し数学の問題にも捻りがあったり、国語の問題も長文かつ専門用語が多いといった印象で、何回分かを解いて試験に臨んだものだった。確か2次志望の滑り止めでの受験であったためそこまで念入りに準備もしなかったのだが、手持ちの荷物などをうっかり落としてしまう度に「落ちた」、「また落ちた」と連呼しながら親に連れられて試験会場へ向かった。
 大学受験とも無縁のニートのような生活を送っていたこともあり、センター試験がどのようなものであるかを知ったのも社会時になってからそうとう後のことである。そういうこともあり、進学や受験に関する諸々の情報を塾講師との会話の中から得られることが新鮮である。大人の私にとっても今後の楽しみの一つになりそうだ。

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