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【お試し版】小説『一八九七年の世界大戦:露仏同盟によるイングランド侵攻と英独同盟の成立について(The Great War in England in 1897)』

露仏同盟がイングランドに侵攻!? あり得たかもしれないもう一つの世界大戦!
あの『宇宙戦争』のH・G・ウェルズにも影響を与えた、英国ベストセラー作家ウィリアム・ル・キュー(William Le Queux)による侵攻文学。1894年に発売された当初、その過激な内容からロンドンの社交界に一大センセーションを巻き起こした本作が、日本初邦訳&注釈付き&原書の挿絵付きで登場!
グレート・ゲームを戦っていた大英帝国に対して、ある日突然、ロシア帝国が宣戦布告! 同盟を組んでいたフランスも同時に宣戦布告し、イングランド本土に侵攻を始める……。果たして、世紀末に勃発した世界大戦の行方はいかに!


【Youtubeにてゆっくり解説動画あげています!】


 

戦争だ! イングランドで戦争だ!

 この驚くべきニュースは、アベニュー劇場のギャラリー席からボックス席まで、あっと言う間に駆けめぐった。思慮深く、厳しい顔つきの男たちは唸り、青ざめた顔で怯えた女たちは、固唾を飲んで息を呑む。
 その危機は迅速で、完全で、破滅的だった。役者も観客も愕然とした。
 その華やかな喜劇オペラは初演だったにも関わらず、芸人も観客も、もはやお互いに興味を失ってしまった。彼らは驚き、呆れ、愕然とした。戦争がそれに伴う恐怖とともに実際に彼らの前に立ちはだかったのだ! 娯楽は吐き気を催すものだった。
この時期に崇拝されていた人気テノール歌手の一人は、セリフを間違え、音程を大きく外して歌っていた。しかし、初日の観客は、その欠点に気づかず、ただ何が起こるかわからない、暗い洞窟のような未来に思いを馳せるだけであった。

 英国に宣戦布告がなされたのだ! 長い間、海の向こう側の安全な場所で、攻撃されないと信じていた英国が、侵略されることになったのだ。そんなバカな話があるものか!

 まだインクが湿ったままの新聞を熱心に読んだ後、信じられないような笑みを浮かべた人もいた。この驚くべき情報を、単なる人騒がせな作り話か、あるいは毎年、「グースベリー」の季節 にセンセーショナルなジャーナリストが世界に向けて発信している、定期的な戦争不安の完成形と見なす向きも半分あった。
 しかし、その他の読者は、大陸の重大な政治危機を思い出して、歯を食いしばり、沈黙し、呆然としていた。多くの商人や一般の人々は、このニュースを雷のように受け止め、経済的な破綻を目の当たりにすることになった。

 敵は明らかにイングランド本土に上陸しようと試みている。

 驚いた観衆は興奮した想像の中で、勝者の勝利の雄叫びや不幸な犠牲者の押し殺した絶望の叫びが混じった、武器のぶつかり合いの音を聞いていた。
 しかし、誰が犠牲になるのだろうか? と彼らは考えていた。
 ブリタニア は壊れた三叉の鉾と砕けた盾とともに塵と化すのだろうか? ブリタニアの首が外国の侵略者の踵に踏みつけられることになるのだろうか?

 いや、それはありえない。――英国人が戦えるうちは。

 劇場内は派手な電飾の炎に包まれ、着飾った男女で混雑しており、観客の気持ちとは不釣り合いな、奇妙に華やかな外観を呈していた。
 若さと美しさが微笑むボックス席では、運営が用意した花束が劇場に明るく芸術的な彩りを与えているが、その刺激臭はすでに拡散して吐き気を催させるようになっていた。その花には多くの月下香が混じっている。それらは葬式に相応しい花であり、言い表せないほどに墓場を象徴していた。その息吹には、死があるのだ。
 この驚くべきニュースが劇場に飛び込んできた時、公演は終わりを告げようとしていた。
 先ほどまではみんな黙って動かず、テノールの悲しげな愛の歌声に熱心に耳を傾け、美しいヒロインの優雅さに見とれていたが、恐ろしい真実が明らかになるにつれて、彼らはもっとも荒々しい興奮の光景の中に立ち上がった。ドアの前で高値で買わされた幾つかの新聞は熱心に目を通され、その電報は一目でも見ようともみくちゃになって破り捨てられた。
 しばらくはパニックに近い騒ぎになったが、その間に外から報道陣の賑やかな声が聞こえてきた。

「――号外! イングランドに宣戦布告! 敵の上陸が予想される!」

 この「戦争」という言葉には隠された恐怖があった。
 初め驚いた観客は息を呑み、考え込んでしまった。戦争という言葉の意味がこれほどまでに重く、致命的で、恐ろしい結果をもたらすと思われたことは、未だかつてなかった。
 実際に戦争が宣言された! 争いを避けることはできない! それは厳然たる現実だった。
 二つの大国が大胆にもグレート・ブリテンへの攻撃を企てたのだ。大臣や大使はもはや役に立たない駒のようなもので、巧妙な外交交渉も、外国からの侵略者の大軍を食い止めることはできなかった。
 信じられないような、あり得ないような話だが、実際、世界大戦は大昔から予言されていたことで、紛争が起こるという予測もされていた。
 欧州諸国は互いに敵対関係に突入することを予期し、何年も前から徐々に兵器を強化し、申し分ない戦闘部隊を仕上げていた。武器や弾薬の近代的な改良によって戦争の状況が大きく変わったために、数年前まではどんな攻撃にも対抗できると感じていた武力に対しても、互いに不安を感じるようになったからだ。
 フランス、ドイツ、ロシアでは危機が頻発し、戦争の危機は山積していたが、それでもモロク が自分たちの中にいるなんて――長い間、予見されていた大戦が現実に始まっただなんて、誰も夢にも思っていなかった。
 しかし、この暑い八月の土曜日の夜、新聞の号外には世界を驚かせるニュースが載っていた。
 それは次のようなものだった――。


イングランド侵略!
フランスとロシアが宣戦布告!
敵対する艦隊が侵攻中!
ロシア皇帝による異常な宣言!


【ロイター通信】
――サンクトペテロブルク、八月十四日 午後四時
今日の午後、ロシアの外務大臣がフランス大使に向けた、まったく予想外の驚くべき声明によって当地では激しい興奮が引き起こされています。フランス大使に宛てた短いメモの中に、次のような驚くべき一節があったようです。

「ボスニアの永続的な平和のための帝国政府と英国との間の真剣な交渉は、残念ながら望ましい合意には至らず、皇帝陛下――敬愛なる我が主は、遺憾ながら、武力に頼らざるを得ないと考えております。……よって、本日よりロシアは英国と戦争状態にあると見なし、貴国政府に対しては、一八九二年二月二十三日にカルノー大統領が署名した同盟の義務を直ちに遵守するよう要請することを、寛大にもお伝えくださいますよう」

また、ロシア外務省からヨーロッパの主要な宮廷にいる駐在大使に宛てた通達では、ロシア皇帝は英国に対する敵対行動の開始を決定し、陸海軍に侵攻を開始するよう命令したと述べられています。
この宣言は間違いなく、ロシア政府が数日前から考えていたものでしょう。
この一週間、フランス大使は二度に渡ってロシア皇帝に内謁し、今日も午前十一時過ぎに外務省で長い面談を行いました。陸軍大臣も同席した模様です。
なお、この宣戦布告は正式に英国大使に通達されていません。このことは、かなりの驚きを与えています。

――午後五時三十分
ネフスキー大通り に『ロシア皇帝陛下の声明文』という見出しで、彼の臣民に宛てた巨大なポスターが貼り出されました。
この文書で皇帝は次のように述べています。

「我が忠実な、そして愛すべき臣民たちは、常日頃から実感している我らの帝国の運命に対して、強い関心があるであろう。西側辺境を平和にしたいという我々の願いは、全ロシア国民が共有しており、それは英国の支配によって虐げられている人々の立場を改善するために新たな犠牲を払う用意があることを示している。
忠実な臣民の血と財産は我々にとってかけがえのないものである。我が治世の全体がロシアに平和の利益をもたらし、それを維持するために常に配慮していることは、すでに証明されていることだ。最近、ブルガリアやオーストリア=ハンガリー及びボスニアで発生した事件の際にも、このような心遣いが私の父を動かし続けたのである。
我々の目的は、何よりも同盟国であり友人であるヨーロッパの大国と強調し、平和的な交渉によって、辺境にいる私たちの人々の立場を改善することだった。しかしながら、平和的な努力を尽くした結果として、英国の高慢な頑固さによって、より決定的な行為に踏み切らざるを得なくなった。公平性と我らの尊厳のためには、そうせざるを得ない。
英国の最近の行動によって、我々は武力に頼らざるを得ない状況に追い込まれているのだ。
忠実なる臣民に次ぐ。我々は正義という自らの大義を確信しており、英国に宣戦布告することをここに宣言する。
我が勇敢なる軍隊に祝福を。今こそ、イングランドへの侵攻を命じる」

この宣言は最大の熱狂を呼び起こしました。ニュースは急速に広まり、ネフスキー広場、イザーク広場、イギリス波止場など、ポスターが掲示されている場所に密集した群衆が集まっています。
一方、英国大使はまだ帝国政府から何の連絡も受け取っていないそうです。

――フォンテーヌブロー 、八月十四日 午後四時三十分
フェリックス・フォール大統領 は、サンクトペテルブルグのフランス代表から、ロシアが英国に対して宣戦布告したとの電報を受け取りました。
大統領は直ちに特別列車でパリに出発しました。

――パリ、八月十四日 午後四時五十分
本日午後、外務省に驚くべき情報がもたらされました。それはロシアによる英国に対する宣戦布告に他なりません。この発表を含む電報は、三時過ぎにサンクトペテロブルクのフランス大使から外務省に届きました。
直ちに大統領に報告され、内閣が召集されました。現在、一八九一年のクロンシュタット事件 後に締結された同盟条約によるフランスの義務について、今後の方針を決定するための会議が開かれています。
この敵対関係の差し迫ったニュースはソワール紙の号外に掲載されたばかりで、大通りに大きな興奮を巻き起こしています。現状、フランスが侵略軍に加わることはほとんど疑われておらず、内閣の審議の結果を待つのみとなります。
フェリックス・フォール大統領がフォンテーヌブローから戻りました。

【ダルジール通信社 経由の電話】
――午後六時
「……たった今、内閣の会議が終了しました。決議ではフランスはロシアを全面的に支持するそうです。フランス陸軍省は活発に活動しており、各地で待機する軍団にはすでに命令が下っています。街角の興奮は高まるばかりです」

【ロイター通信】
――ベルリン、八月十四日 午後五時三十分
サンクトペテルブルクから届いた電報によると、突然、ロシアが英国に対して宣戦布告し、フランスに総攻撃の支援を要請したとのこと。この報告はこちらではほとんど信用されておらず、さらなる詳細が待ち望まれている。
本日の午後にブレーメンに向けて出発するはずだったドイツ皇帝は旅を断念。現在、首相と協議しているところである。

――クリスティアンサン、八月十四日 午後七時三十分
この二週間、ノルウェー西岸で作戦行動をとっていたフランス海峡艦隊が、昨夜、このフィヨルドの外側に錨を下ろした。噂によると、今朝、ロシア艦隊が突如として到着し、陸地から約三十マイル離れた場所に停泊したとのこと。
両艦隊の提督たちは、午後六時にほぼ同時に秘密電信にて命令を受け、三十分後に全艦隊がともに出発した。両艦隊は南方へ航行したが、その目的地は不明。

――ディエップ、八月十四日 午後八時
数十隻からなる輸送船団がイングランドに向けて兵を輸送しているようだ。第十六衛兵隊や第四シャスール連隊を含む、シャスールの四個連隊が……(原注1) 》

原注1:このメッセージの結論は、この国とフランスを結ぶすべての電線が切断されたため、我々には届いていない。

――つづく【お試し版はここまでです。続きは製品版でお楽しみ下さい。Amazon Unlimited会員の方は無料でお楽しみいただけます】


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