父の東京地図
父の絵葉書と一緒に、東京地図もありました。
多分、絵葉書と同じ時に東京へ赴いた先で購入したものと思われます。
ですから1950年代、(昭和30年代)だと思われます。
東京生まれで住んでもいた父が地図が必要だったのか不思議なのですが、戦後すぐの頃に住んでいた時より10年は経っていた頃の東京はさぞかし変わっていたと思われます。
残してくれていた地図は、私にとってはとても興味深いものでした。
まだ、横書きに右から表示がありますが、区分は現在と変わりません。
区別にページがあり、地図の大きさは15×16.5cmになっています。
父が生まれ、育った「新宿区」を見てみましょう。
下落合で生まれ、戸塚に住んでいたと聞いていました。
「戸塚第三小学校」に通っていたと聴いていますが、ちゃんと現在もあります。
“鉄腕アトム”の小学校で有名だそうです。
それで、高田馬場の駅のメロディは“鉄腕アトム”です。
で、面白いものを発見しました。
池袋方面から新宿三丁目の伊勢丹の横を通る明治通りの赤い線は何かとみたら「トロリーバス」と書いています。
だそうで、戦後復興に手っ取り早く、また、燃料となるガソリンもまだ、あまり無かったため、バスと電車の良いとこドリを考えて設置したものの様です。
しかし、その後のバスの大型化、架線の設置の不備、大雨にも弱く、1968年には撤退しています。
あと、もちろんですが、「東京都庁」はまだ新宿には無く、「淀橋浄水場」となっています。
1991年に現在の新宿に移されています。
「東京都庁」は、前には丸の内にありました。
今は「東京国際フォーラム」が建っています。
港区でも、まだ「東京タワー」がありません。
「東京タワー」は1958年(昭和33年)にできています。
この地図の時代が、わかってきました。
それにしても、町名が凄く多くて、現代では随分スッキリと町も区分されている事がわかります。
その時代を想像できて、宝のありかが書いてある地図の様で、楽しいです♪