今宵は月が綺麗と言うけれど
その日は、満月の一歩手前だった。私は妙に無気力で。
普段から行動力があるわけじゃないけど、いつも以上に、何をしてもすぐに疲れてしまって、この先の未来のことを考えてみても、ブルーな感情しか生まれなかったんだ。そんな日もあるさって、誰かは言う。
最近は夕飯を作るのが億劫になりすぎて、時間が経つほどにやりたくなくなってしまうので、この日はお昼の1時過ぎから準備に取り掛かってみた。
まだ昼なのに夜のことを考えて支度するのは、なんだか少し変な感じもした。
でも、今の私にはこれくらいの余裕がないと生きていけないようだった。
好きな男性YouTuberの、内容の無い動画を流しながら料理をした。
そんな彼は、”こんな友達が欲しいランキング”の片手に入る人物だ。
夕飯を作り終えて、録画したドラマを観ていたけど、溜まり過ぎた録画を見ることは、もはや『TO DO リスト』をこなすのと同じような感覚になりつつあって、だんだんと気が引けるようになってしまった。
今の私には、大好きなkemioの動画を観ている時間の方が有意義らしい。
気がついたら私は夢の中にいて、夕飯を提供する時刻が迫っていた。
「よかった、先に作っておいて、、。」
でも、この日は夕飯を食べながら、もう後片付けのことを考えてしまっていた。
毎日ご飯を作って、片付けをして、この先はまた働きにも出て、子供を産むことができるのも女性である自分だけか。。
そう考えたら、この日はもうため息しか出なかった。
「え?この先ってつらいことしかないわけ?」
こう言う時、気づいたら口から言葉が出ているのが悪い癖だ。
「そんなことないよ、僕はこれからお金を稼ぐんだ。」そう返事が返ってきた。
もう、食器の後片付けをする気力もなかった。
「後でやるからー!」って、ソファに寝転がってスマホを見た。
「そっか、今日ってお月見の日なんだ。」
みんなのインスタを見ていて思い出した。
「ねー、今日ってほぼ満月なんだね。綺麗だった?」そう聞くと、
「そうそう、会社を出たらすごく綺麗で、ツナにも連絡しようと思っていたんだった。外に出て見てみたら?」
窓から覗いただけでは見れそうになかったので、虫が入ってこないよう部屋の明かりを真っ暗にして、私はベランダに出た。
見上げると、そこには明るくて丸い月があった。
分厚い雲が、その周りだけを避けているようだった。少しだけ、月の周りが虹色にも見えた。
映画やドラマでよく見るシーンのように、夜にベランダに出ることって、あまりない。
でも、久しぶりに出てみたら夜風が心地良くって、その日の疲労が、スーッと抜けていくような感覚だった。
「今日は温かいお湯に浸かろっかな。」
満月とバイバイして、私はお風呂を洗った。
私の無気力具合を見て、食器の後片付けは全てパートナーがやってくれていた。
それどころか、私がずっと玄関に放置し続けていたスーツケースも、濡れた雑巾で拭いて片付けてくれた。
「あー、あなた私の20倍は活動してるね、今日。あとでお風呂だけ沸かすね。」
そう言うとパートナーは、「はーい」とだけ言った。
やってくれるありがたさと、自分の不甲斐なさがいつもシーソーゲームだ。
こんなにもやってくれる人がいるんだろうかって思うくらい、色々やってくれる。
それと同時に、自分は人間失格だという感覚にすら、たまになる。
"無気力の正体はこの世の便利さだ"と、かつてどこかで聞いた気がするけど、わからないことは考えるのをやめようと思った。
白色の入浴剤がだんだんとお湯に溶けていくように、私のモヤモヤも少しずつ乳化して分散していった。
お風呂に入る前、久しぶりにindigo la Endの『夏夜のマジック』を流してみる。
満月にパワーを吸い取られていたのか、パワーをもらったのか、よくわからない一日だった。
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