まなびをひろげる作業は路地をめぐりながら道どうしのつながりをひとつひとつつかむのとよくにている
(2023.11.7加筆あり)
はじめに
このところよくあるく。転居してようやく家まわりをすこしずつようすがわかりはじめた。するともっと知りたい欲求がわいてくる。何年もまえから幹線ぞいをしかも車内からしか把握できていないところだった。
ここに住みはじめ、さんぽで路地のまじわりやたどりつくさきをつかめておもわぬところに出られた新鮮なおどろき。なかなかたのしい。街の歴史や地形などを加味するとなおさらおもしろい。
これはちょうどまなびを広げていくのとにていないか。ようやくそう思えるように。
きょうはそんな話。
街あるき
玄関を出て右にすすむか、左を行くか。まったく気ままにさんぽ道をきめている。かならずとおったことのない路地をひとつふくむようにあるく。せっかくならば車で行き来する機会にそなえて、このさきはどこへ出られるのだろうと懸案のままになっているところをあるいて実地でたしかめるとなおいい。
まわりをみわたしながらあるくとふと気づく。こんなところに米屋さんがあったのかとか。数日まえのあてのない散歩。路地ひとつはさんで八百屋さんをみつけさっそくみかんを買った。とてもおいしかった。さっそく毎週の生協の注文品をとりにむかうついでにたち寄るときめた。
あらたな発見が多い。車で何年も行き来していたにもかかわらず、ほんの2か月あまりで家まわりでお気にいりの情報をいくつも手にいれた。
路地をむすぶ
さんぽをかさねるうちに、これまであたまのなかでつながっていなかった道どうしのつながりがわかる。ほんの幹線沿いしか知らないままだったと気づく。歴史をひもとけばなおさら。このせまい通りがむかしの街道で、あちらの石垣は番所の跡などと看板で知り、感心する。あの丘のうえは見晴らしがいいなと思うと、城あとだったとか。
そんな拠点どうしをむすぶ道のつながりをすこしずつ知れると、ようやく街の規模やひろがりがぼんやりみえてくる。むかしのままの区画で上屋は建てかわるが、むかしの風情がどこかにのこる街なみ。一方で広域の再開発でみわたすばかりの更地になり、もとのようすが1本の鎮守の木しかない場所は過去の風情をほぼ失い、どこかさびしい。
まなびをむすぶ
教育を職としてくらす。ひろく浅くまなぶ小学生からほぼ大学1,2年生までと、専門分野をふかくまなぶそれ以降の学生とでは立ち位置やものの見かたがあきらかにちがう。専門にはいってからもどこか俯瞰する目をもちつつ境界領域や関連分野をすこしでもひろく知っておく努力はつづけたほうがいい。
専門だけでも日々更新され追いつくのはたいへん。それでもなお周辺の領域をつまみぐいでもいいから知っておくと、てもちのまなびの幅をひろげていつかたすけてくれるにちがいない。
おわりに
まなびを周辺に広げていく作業は、あるいてひとつひとつの路地の風情をあじわいつつ、つながりを把握するのによくにていると思った。それをつうじてようやくやろうとしていることの意義や価値を知れそう。
ほんとうはまなびも散歩も脳をよろこばせるものにちがいない。
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