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編集とは、みんなで集い奏でるアンサンブル|編集者・高橋邦男

写真提供:高橋邦男

「編集」と聞いてどのような仕事を想像するだろうか。作家と二人三脚で書籍をつくる、カメラマンやデザイナーとチームを組んで雑誌をつくるなど、紙の仕事のイメージが強いだろうか。あるいはテレビや映画、YouTubeなどの動画に関するもの、ラジオやPodcast、音楽のような音声に関わるものなど、人によってそのイメージするところは異なる。しかし、総じて“コンテンツ”と呼ばれる娯楽物の制作の意味で想像されることが一般的かもしれない。

だが、編集のカバーする領域はそこに留まるものではない。ある編集者をして言えば「編集は本づくりや雑誌の仕事と思われるけれど、それはごく一部に過ぎない」。あえて独自の定義が許されるならば、編集とは、目の前にある要素をフラットに眺め、ある目的に対して最適なあり方で組み合わせるものである。それはバンドのアンサンブルのようでいて、体験する者に心地良さを与える。


編集者としての原点はドラマーにあり


「昨日出張から帰ってきたばかりなんですよ。最近は自宅で仕事をしながらめっちゃ全国を回っています」

インタビューをはじめて早々、途切れることのない話題。話したいことがたくさんあるんだ! という熱量が、関西弁の抑揚混じった声色から伝わってくる。よくある世間話がはじまったかと思いきや、洞察のある内容にうんうんと頷き、深く聞き入ってしまう。巧みな話術にやられてしまっているようで、しかし嫌な気持ちはしない。まるで会話の作法を心得ているような適度な間合い、そして言葉選び。ある種の心地良い時間が流れていく。

株式会社WONDER COMMUNICATIONS代表取締役の高橋邦男さんはこの道20年以上の編集者だ。これまでタウン誌や企業のオウンドメディア、自治体広報誌など多くの媒体を手がけてきた。直近まで常勤役員として所属し、退任後も理事を務めている一般財団法人こゆ地域づくり推進機構(略称:こゆ財団)では人材育成や同団体のまとめ役を担当。現在はこれまでの経験を総動員し、出版・人材育成・コミュニティ運営など多角的な事業を行っている。企業や自治体と協力し、全国各地で起業家育成プログラムの企画運営を行う多忙な日々を送る。

さまざまな仕事を経験している邦男さんだが、どの仕事も根幹には「編集」があるという。そして、編集者としてのキャリアの原点はバンドマン時代に遡る。

「バンドではドラムを担当していました。ドラム、大好きなんですよ。ピアノやギターと異なり一人では完結せず、誰かほかのパートがいないと成立しない。チームで共同作業したり、アンサンブルが好き。そういうところが根本としてありますね」

邦男さんは20代前半で3ピースバンド「GRASS ARCADE」としてメジャーデビュー。人気アニメの主題歌となった楽曲もあり、子どものころに耳にした人も多いはずだ。バンドのグルーヴを支えるドラムのほか、歌詞制作も行うなどその後のキャリアを彷彿とさせるものがある。

約2年間メジャーシーンで活動後、バンドは活動休止。邦男さんはその後、徳島大学の科目等履修生を経て徳島の出版社で3年、大阪の編集プロダクションで10年と、編集者としてのキャリアを着実に築いていく。

2014年、子育てを機に故郷である宮崎市へ帰ってきた。以後の出会いは邦男さんの編集の幅をさらに広げていくこととなる。

編集者人生のなかで一番のトピック。自治体広報誌に起きた革命


帰郷後に所属した老舗印刷会社。入社したその日、邦男さんは宮崎市の広報誌担当に抜擢される。

「あの3年間は実りある日々でしたね。多くのご縁がありましたし、いろんなことにトライして視野が広がりました。徳島・大阪時代の経験をすべてぶっ込んで挑んだ仕事でした」

今から10年ほど前、宮崎市の広報誌は大きくリニューアルを果たした。それまでは単にお知らせの側面が強かったが、雑誌のようなデザインが施され、突っ込んだ内容の特集が組まれるなど、自治体発行とは思えない企画構成で当時は話題となった。受け手である市民の広報誌への先入観が外れた瞬間であり、自治体としても市民との距離が縮まる画期的な出来事だった。

まさにその仕掛け人として企画編集を担っていたのが邦男さんである。

「広報は英語で『Public Relations(パブリック・リレーションズ)』。つまり関係をつくること。情報の届け手と受け手とのコミュニケーションなんですよね。読んだ市民が驚いたり新しい発見をしたり、興味関心から何かアクションを起こしたり。それが広報誌にはできると思っていましたし、そもそも媒体としての本来ありたい姿なのではないかと捉えていました」

市職員と議論するなかで見えてきたのは、みんなジレンマを抱えているということだった。市の制度や税金のこと、働く職員のことを正しく伝えたい。行政の現場で行われていることを市民一人ひとりに当事者として捉えてもらいたい。それらの想いを翻訳して届ける。培われた編集の力を存分に発揮した。

毎号画期的な特集が組まれた。邦男さんをして「編集者人生のなかで一番のトピック。この10年のうちで自己評価ナンバーワンの仕事」と評された特集も生まれた。

マイナス5万人の衝撃‼︎」と題した特集では、人口減少・少子高齢化による市民生活への影響を真正面から伝えた。インパクトのあるその内容を元にしてNHK宮崎放送局が取り上げるほどだった。

「ネガティブなことを言わないのが暗黙の了解だった自治体広報誌で、ちゃんとネガティブな情報を出すことにトライできました。携わったみんなの本気が形になった。市の方々の理解や精力的な動きがあってこそでした。物事の伝え方次第で正しい理解や波及効果が生まれる。『編集はコミュニケーション』であることを強く感じた特集でしたね」

特集「動物園ふしぎ発見!」では飼育員一人ひとりの証言を元に動物の魅力的な習性を紹介した。大人でも驚き溢れる内容に、50年ぶりに動物園を訪れたという声もあった。

「何十年も前の思い出で止まっている人たちもいる。その止まった時間をいかにもう一度転がすことができるか。編集者としての醍醐味ある企画でした」

人は納得はできても説得はされたくない。可能性を開く対話の作法


3年間、宮崎市の広報誌担当として実績を築いた邦男さんだが、はじめから仕事がスムーズにいったわけではない。民間と行政ではその環境の違いから協働する際にコミュニケーションが食い違うことが多い。邦男さんも「言葉やカルチャーがこんなにも合わないものかと感じた」と語る。

ただ、企画を通す際に説き伏せるようなことはしなかったという。事実を突きつけ、相手がぐうの音も出ない状態になるのは健全ではないと避けてきた。打ち合わせの場面では、話をリードすることを控え、じっくりと議論する時間を設けた。

印刷会社在籍時は広報誌の編集のかたわら、中高生や自治体職員向けの編集講座を担うこともあった|写真提供:高橋邦男

「行政側には行政なりのこれまで積み重ねてきたものがあります。そこにリスペクトを持たずして対話することはできません。話をしていくうちにだんだんとコアになる部分が見えてくる。それに合わせて前例を踏襲したり、大胆に変えたりと判断していました。人は納得はできても説得はされたくない。話を聞き、他者に伝わるよう翻訳し、お互いを受け入れることのできる余白をつくることが大切です」

このときの経験はこゆ財団でも生きた。

印刷会社退社後に参画したこゆ財団では、起業家育成や地域おこし協力隊のコーディネート、新富町特産品のブランディングなど、就任当時の事務局長という肩書きでは納まらないほど広範囲の業務を行った。それゆえステークホルダーも多いが、関わる人々が対等にコミュニケーションできるよう努めた。

こゆ財団ではさまざまな人材が「世界一チャレンジしやすい町」のビジョンのもとで新しい関係をつくりだしていくさまが何よりの喜びだった|写真提供:高橋邦男

「上手くいかなかったことのほうが多いかもしれませんが、地元の人や移住された方が集まるコミュニティをつくることはできました。そのコミュニティをきっかけに新しい人材が新富町にやってきた。その流れをつくれたことは編集者冥利につきます」

2023年5月に役員を退任・独立し、WONDER COMMUNICATIONSとして法人を設立以降も編集者という軸をぶらすことなく事業に打ち込んでいる。以前からやってみたかったという出版事業にはとくに力を入れている。

「関西時代から感じていたことですが、ローカルにはローカルならではの知見も持つ方々が一定数以上います。ローカルの世界にあるものを世に送り出していく。そこに社会的な使命を感じています。出版は斜陽とも言われますが、その価値はむしろ高まっているように感じる。編集者としての驚きや発見、楽しみを求めてやっているところもありますから長く続けていきたいですね」

情報を組み合わせるだけでなく、人と人とをつなぐ編集という営みは、実のところ人がもともと持ち合わせている能力なのかもしれない。その感覚を拡張し、柔軟に物事を捉えられるようになれば、先行きの見えない未来に対して、少しは安心していられるだろう。

邦男さんの「編集」という世の中を見通すスコープは、ますます磨かれていくに違いない。


(取材・撮影・執筆|半田孝輔
(写真提供:高橋邦男)
(場所協力:合同会社ブループランニング)

【高橋邦男】
宮崎市出身。2002年より編集者としてキャリアをスタートし、20年以上にわたって企業や地域における広報PR、企画編集を手がけている。2017年4月に宮崎県新富町が設立した一般財団法人こゆ地域づくり推進機構の創業に参画。起業家育成や地域おこし協力隊の活動の支援、企業と地域のマッチングなどに従事。2023年5月に同財団の執行理事を退任後、株式会社WONDER COMMUNICATIONSを設立。全国各地で起業家育成プログラムの企画運営や企業×地域の事業共創を手がけている。

X:@tak_rock666



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