愛国心証明というもの 愛国者学園物語 第236話
美鈴たちと強矢たちの討論は、水と油を混ぜるような仕事だった。彼らは
愛国心とは何か
の定義でもめた。美鈴たちは、それは具体的に定義することが難しいと主張し、自分は日本が好きというだけでも、愛国心を表明したことになると述べた。
反対に、強矢たちは愛国心とは国への忠誠心であり、国を守ることだと述べた。それに従い、祖国防衛に力を尽くすことは、愛国心を持つべき国民として当然だと主張した。
そこで美鈴たちは、愛国心イコール軍隊への参加、あるいは戦争の支持は戦争の賛美だと批判し、祖国を戦争に導かないことも愛国心の発露(はつろ)であると述べ、強矢たちの怒りを買った。
あくまで強矢たちは愛国心イコール軍事であり、先の戦争も、愛国心から成り立ったものであることを自慢げに言い始めた。あれは、米国、英国、中国、オランダからなるABCD包囲網の対日制裁から大日本帝国を守るための自衛戦争であり、それに多くの国民が参加したことは、当時の人々の愛国心の現れである。そう、声高に宣言した。
対する美鈴たちは、あの戦争には多くの国民が参加を強要された。それに、自衛戦争をするだけが愛国心のなすことではない。戦争を回避し、犠牲を出さずに国を運営することも愛国心だと主張して、ここで、論戦の一部を終わらせることにした。そうでないと、いつまでも話が前に進まないからだった。
話題は次に移った。それは
「愛国心証明をするのか」
だった。つまり、ある日本国民が自分には愛国心があると公の場で宣言する必要はあるのか、ということだ。言い換えれば、愛国者を自称するか、他人からお前には愛国心があるのかと問われて、ありますと答えるべきなのか、という意味になる。
美鈴はそれをあの西田との会話で初めて聞いた時、違和感を覚えた。それは、そのような証明を必要とする社会が変であること。それに、怖い顔をした誰からか厳しく問い詰められて、自分にはそういうものがあると「言わなければいけない」。そのような圧力は異常であると思ったからだ。
美鈴がそう思ったのには「ゼロ証明事件」も影響していた。あるロックバンドのボーカルが、自分には愛国心なんかありません、などとふざけて、某動画で話したところ、それに激しい抗議が殺到しただけでなく、殺害予告がいくつも舞い込んだという、いわく付きの事件だった。バンドのメンバーたちは泣きながら謝罪動画を撮影したが、それでも社会の怒りは鎮まらず(しずまらず)、バンドは活動休止に追い込まれたのだった。
その一部始終がネットで広まり、自分には愛国心があると「言わねばならない」風潮、他人にお前には愛国心があるのかと問い詰める風潮が広まったのだ。
その背後には、日本人至上主義者たちがいた。日本が失われた40年から脱出出来ず、女性の社会進出も古い考えに囚われた人々に阻まれ(はばまれ)、何もかもが上手くいかない日本は、国際社会でもその地位を落としつつあった。言論界は相次ぐ脅迫に萎縮(いしゅく)し、無気力化したマスコミもそれを諌める(いさめる)ことをせず、ただ、ニュースの垂れ流しを続けるようになった。
東南アジアの某リーダーいわく、日本はもはやリーダーではないという言葉は、日本人至上主義者たちの暴動を招き、それは日本に問題はなく、あの国が悪いという置き換えを産み、さらなる怒りを生んだ。
そんな日本においては、全体主義的で高圧的な日本人至上主義者たちが、他人に愛国心を強要したり、他人の思想を調べることが、毎日日本のどこかで起きていたのだ。それが、国民の6割を占める、無気力で権威に盲従する
「普通の人々」
に伝染し、新たな日本人至上主義者になるというサイクルを起こしていた。日本人至上主義者は人口の2割しかいないにもかかわらず、日本社会をリード出来たのは、6割の「普通の人々」が何も抗議しなかったからだった。残りの2割は美鈴たちのように日本人至上主義に明確に反対するか、左翼であったので、社会での力は弱かった。
美鈴や根津のような、愛国心イコール軍事ではない、民主主義社会の日本では愛国心に疑問を持つことや、愛国心がないことを表明することも許される。そういう立場の人間には厳しい時代になりつつあった。
そういう背景があっての、今回の愛国心に関する討論であるから、強矢たち、日本人至上主義者たちの主張も、軍事色が濃いものになった。
続く
これは小説です。