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聖なる国防軍事件 愛国者学園物語 第226話 

 (1373字) 週刊まさかによる「愛国疲れ」の特集が終わって間もない頃、日本社会は大きな出来事に驚いた。それが、

「聖なる国防軍事件」

である。

陸上自衛隊トップの

陸上幕僚長

は自他共に認める日本人至上主義者であった。そんな彼がある雑誌の対談で爆弾発言をしたのである。

「我々は聖なる国防軍である、偉大なる祖国日本の国防という聖なる任務を担っているのだから、我々は聖なる国防軍だ。我々は自衛隊ではなく国防軍になりたい、早く改憲して欲しい。

 自衛隊の殉職者、あるいは将来の戦死者を靖国神社に軍神として祀ってほしい。我々は祖国防衛という聖なる任務を遂行しているのだから、軍神として扱われるのは当然だ。政治家をはじめ国民の靖国参拝は当然であり、政教分離を定めた日本国憲法はおかしい。

 それに天皇陛下から直接、勲章を頂けるように法律を変えてもらいたい」


 それは自衛隊の本質に関わる大問題であるだけに、騒動になったが、陸上幕僚長はその後、定年退職したので、なんの処分も受けなかった。左派政党と近隣諸国、それに一部メディアがその態度を批判したが、それは大きな流れにはならなかった。

 日本のマスコミの多くは、それをただ伝えただけで、ネット社会では賛成派と反対派の間で激烈な言い争いが起きた。官房長官は、軍人は尊敬を受けるのが当然だ。批判者たちは自衛隊への尊敬が足りないと逆に言い返した。そのせいか、批判したメディアなどは反日勢力だと言われて抗議が殺到し、その業務が一時マヒした。また、官房長官の下にメディアの操作に長けたスピンドクターがいて、知り合いのタレントを使い、もみ消し工作をした。ホライズンもこれに反論したが、酷いコメントが殺到して、日本人至上主義の強さに翻弄(ほんろう)された。

 保守系メディア・大日本放送の人気番組である「

愛国砲弾」

は、ある被災地の被災者たちから自衛隊賛美のコメントを集めて、繰り返し報道し、自衛隊がいかに大切な存在であるかを印象付けた。だが、彼らは、自衛隊に志願する若者が減り、自衛隊がかつての定員の7割を集めるのがやっとだという、重大な問題をわざと報道しなかった。

 美鈴と仲間たちはそのような流れを見ていて、

日本のマスコミのひ弱さ

を感じた。彼女の知り合いで、他の左派系メディアで働く者たちの中には、日本は隠していた牙をむき出しにした、とか、自分たちの無力さを感じると言う者までいた。それで美鈴は彼らに会い、酒を飲みつつ話をしたが、日本人至上主義者たちイコール右派の勢力が大きな力を持つ今の日本では、やはり力の無さを感じたのだった。

「それでもやるんだよ。異論反論オブジェクションを社会に届けるんだ」

(objectionには異議、異論などの意味がある)

長年の経験を積んだホライズン日本支局長は、美鈴たちにそう言ってカツを入れた。「異論反論objection」は、かつて、高名なジャーナリストの筑紫哲也(ちくし・てつや)がそのニュース番組の中で放送していた、街の人にニュースの反論を聞くコーナーのことだった。要は、あるニュースに関する「街の声」というわけだが、ホライズン日本支局では、その言葉をよく用いて、あるニュースに関する批判的思考や反論の大切さを説いていた。

ナイジェリア人の日本支局長は

「日本は異論がない社会だよね」

と言い、美鈴たち日本人社員を驚かせたこともあった。

つづく
これは小説です。

次回227話。美鈴を悲しませる事件が再び起きました。今度は何が起きたのか、次回もお楽しみに!


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