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「わたしを離さないで」の読書感想文

カズオ.イシグロ著、土屋政雄訳の「わたしを離さないで」を読みました。
イシグロ作品に共通するジャンル分けを許さない作風はこの作品も健在でした。そして、ゆっくりと忍び寄るように現実から少しだけ浮き上がった世界に連れて行かれるいつもの体験もいつも通りでした。
主人公の語り部のキャシーは介護人をしています。彼女はとても優秀で提供者と呼ばれる被介護者の扱いに関して「動揺」に分類される提供者などほとんどいません。冒頭にそう描かれています。その時点で不穏な空気が流れています。
キャシーは幼い頃に過ごしたへールシャムの事を振り返りながら物語は進みます。
そこは全寮制の学校のようでかなりの点で違っています。外の世界とは完全に隔絶されていて生徒たちの詩や絵画の作品はマダムと呼ばれる女性が何処かに持ち去ります。優秀な作品を表彰することはどこでも行われています。しかし、作品は生徒たちに返却されます。やはり何かが捻れています。
この作品では「ネジのようなパーツを組み合わせた遠く離れて観ると動物動物に見える絵」が登場します。このエピソードは感情の無い部品を組み合わせて心の動きを再現したロボットや人工知能を象徴しているようで読み終わってから時間が経つことによって新たな印象が出てきます。
キャシーと特に親しく、その後の人生の大切な場面に立ち会ったルースとトミー。彼らははそれぞれに秘密があり、些細な出来事を切っ掛けに記憶が呼び起こされてそれらが明らかになっていく。そんな手法はこれまでのカズオ・イシグロの作品でもあっと思います。その結果、作品の中の時間の流れが前後して、読書は戸惑いながらも作品に引き込まれていく。そんな手法はこれまでの作品にもありました。そして、そこで交わされる会話と予想外の展開から結末は地平線の蜃気楼のように霧が掛かったような終わり方でも楽しめました。しかし、今回の作品は結末が余りにも予想外でそれだけでも大満足です。そして、最終的には「早朝の日の出の太陽を見ていたはずが実は夕焼けではなかったか?」と深い謎に落とし込まれました。
大好きなイシグロ作品の魅力に更に落ち込み、その理由が遠い彼方に存在することを確認した読書でした。

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