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「団地物語」〜童謡を歌う老女


その公園には、いつも腰の曲がったお婆さんが居る

古ぼけたベンチに座り、手押し車に顔をうずめて一日中、夏も冬も…呟く様に童謡を歌っている

♫〜夕焼け小焼の赤とんぼ 負われて見たのはいつの日か♪

清掃作業員の小杉さんが教えてくれた

お婆さんは連れ合いに先立たれ、息子夫婦と同居する事になったが、その際に細々と貯めておいた貯金を全て息子に預けたそうです

お婆さんにしてみれば自分の世話を見てもらう為と、少しでも経済的に息子夫婦の助けになれば、と考えたのかもしれません

しかし小杉さんは「それがいけなかったんだよ~」と言っていました

以来、息子夫婦の態度が一変したそうです

夫婦共働きで昼間はお婆さんが一人で部屋に居たのですが、電話に出て勝手に他人と色々話をしてしまったり、部屋を掃除する際に物を壊してしまったりで

お婆さんを一人、部屋に置いておくのが嫌だったらしく夫婦の出勤と共にお婆さんも公園に置いて行かれる、との事でした

木陰が有るとはいえ夏は暑いし、真冬なんて昼間でも寒いですからね…

♪〜山の畑の桑の実を 小籠に摘んだは まぼろしか〜♪

ある寒い曇り空の日、私は努めて明るい声で「今日は寒いね!」と声を掛けてみた

暫くなんの反応も無かったのですが、やがてムクッと顔を上げながら、地響きするほどの低いしわがれ声で「切ねぇ…」と呟くように言いました

枯れ木の様に痩せ細った姿に私は何も言えず、お婆さんもまた顔をうずめて誰にともなく歌い続けました

♪〜十五で姉やは嫁に行き お郷の便りも絶え果てた〜♪

きっと歌いながら、母に背負われて赤とんぼを見ていた少女の頃へ戻っているのでしょう…

〜〜〜〜〜〜〜

「かあちゃん、おらどっかでまぢがったぁのがなぁ」
(母ちゃん、私は何処かで間違ったのかな?)

「んにゃ、おめぇはいずでもりっぱにいぎだぁよ」
(いいえ、貴女はいつでも立派に生きて来ましたよ)

「かあちゃんのせなが、あったけぇがら、ねむぐなっちまった、このままいっしょにけえっていいがや?」
(母ちゃんの背中が暖かいから眠くなっちゃった、このまま母ちゃんと一緒に帰って良いですか?)

「もうよがっぺぇよ、いっしょにうだいながら、けぇっぺぇよ」
(もう良いですよ、一緒に歌いながら帰りましょうよ)

♫〜夕焼け小焼の赤とんぼ とまっているよ竿の先〜♪

カサカサカサ🍂ヒューヒューヒュー💨

誰かと誰かがヒソヒソ話をしていると思ったら
散り残るケヤキの葉が風に揺れている音でした

いつしか呟く様な歌声は止んでいました…

カサカサカサ🍂ヒューヒューヒュー💨

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