吹雪荘物語 ⑨ 〜ヤマハSG-800
事務所社長のバンド「ジャックダニエル」に入って数ヶ月は息つく間もなく過ぎて行った
そんなある日、社長でもあるリーダーが音楽雑誌を手に「これ、アイツじゃないか?」と見せて来た
その雑誌のメンバー募集のページに、突然消えた小松っちゃんが地元の住所で記事を載せていたんだ
社長は「お前電話してみろよ!」と言ってきたが、俺は気が進まなかったのでうやむやにしておいた
しかし、ある日のステージ合間の休憩時間に社長がまた「電話してみろよ!」って言うもんだから、貸してたギターだけでも返して貰おうかな!と思って寒い真冬の夜、店の外から連絡先に書いてあった電話番号にかけてみた
………重苦しい呼び出し音の後に彼は出た
長い沈黙を挿みながら
俺「地元、帰ったんだ….」
小「うん、まだあの事務所でバンドでやるの?」
俺「うん、取り敢えずは…」
………….
小「前に俺が買いたいって言ってたベース、買ったよ!」
俺「…買ったんだ…欲しいって言ってたもんな、そっか…」
俺「じゃ、またなっ…」
小「うん、またなっ…」
取り立てて感動って訳じゃなく、かと言って嫌な気分でもない
多分、僅か半年前に過ごしていた日々をこのまま、そっとしておきたい。そんな気持ちだったと思う
最後まで「貸したギター、返して!」とは言えなかった
あれから今迄に何度か同じ色のヤマハSGを買おうと思ったが、買えなかった
あの頃一緒に過ごした人はもう誰も居ない、小松っちゃんとも二度と会う事はなかった。皆んな何処へ消えたんだろう…
永遠の彼方にある思い出からギターだけ取り出す事は、今の俺には出来そうもない…