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【ミッシング】大傑作だが劇薬すぎて危険【あらすじ整理・考察】
振り返り、整理。未見の方はブラウザバックされたし。
▼構成:
一幕
一場:状況説明(3ヶ月目の放送)
二場:目的の設定(美羽を見つけること)
二幕
三場:一番低い障害(蒲郡まで)
四場:二番目に低い障害(いたずら電話)
五場:状況の再整備(6ヶ月目の放送)
六場:一番高い障害(2年後の失踪事件)
三幕
七場:真のクライマックス(弟の暴走)
八場:すべての結末(優しさに触れる)
*ハリウッド式三幕構成にも結構きれいに合致する。
▼あらすじ:
アバンタイトル
かわいい娘との思い出「ぶるるるるる」
3ヶ月目の放送
静岡県沼津の森下沙織里(石原さとみ)と豊(青木崇高)は3ヶ月前に失踪した6歳の娘・美羽の捜索活動を続けている。地方テレビ局のディレクター砂田(中村倫也)は情報番組のコーナーとして長期に渡り継続取材しているが、コンテンツがマンネリ化して視聴率が落ちてきたので上司から沙織里の弟・圭吾(森優作)への取材を命じられる。圭吾は事件発生直後の報道が原因でSNSで犯人扱いされたが、今回の取材でも挙動不審で、砂田はあくまで裏が取れた事実だけの報道に徹しようと努めるが、テレビ局上層部の圧力もあり、視聴者が興味本位で抱える疑惑を煽るようなVTRに編集担当は仕上げてしまい、それで圭吾の仕事やプライベートに支障が出る。
蒲郡まで
番組放送の甲斐もなく有力な情報が集まらなかったが、沙織里に1通の情報の提供DMが届く。直接会って話したいと言われて蒲郡まで行くが、イタズラだったのか約束をすっぽかされてアカウントは消える。
![](https://assets.st-note.com/img/1716391109350-PNg7VGayPw.png?width=1200)
ただでさえ沙織里は自身が娘を弟に預けて男性アイドルグループのライブに行っていたことや、失踪当日は豊ひとりに奔走させてしまったことに強い罪悪感を覚えていたが、ネットでの誹謗中傷やタチの悪いイタズラに精神をどんどん病んでいく。
市長のスキャンダル
砂田の後輩ディレクターが市長のスキャンダル(詐欺事件の逮捕者=市長の隠し子)をスクープして局内で表彰される。近いうちにキー局への転職も内定しているらしい。自分はこのままで良いのか砂田は悩む。
弟の秘密
6ヶ月目の放送のための取材で、砂田は圭吾が実際は失踪当日に違法カジノに行っていた証言を得る。警察も隠していた情報だったので砂田は反対するが、テレビ局の上司と局長は放送するように圧力をかける。
いたずら電話
沙織里に警察から美羽を発見したという電話がかかる。沙織里と豊は警察署に急行し、偶然にも二人を取材中だった砂田も後を追ってスマホで盗撮まがいの撮影を敢行するが、実は電話は虚偽だったと知って沙織里は取り乱して大声で泣き叫び失禁する。砂田は撮影を即座に中断する。同行した局のカメラマンになぜ撮るのを止めたのかと責められ、担当の刑事からは事実でも他人は面白がるんだから報道するなと戒められる。ちなみに違法カジノは元締めを検挙するために泳がせているのだと釘を刺される。
6ヶ月目の放送
砂田の反対も虚しく、圭吾が違法カジノに行ったことは放送される。沙織里がアイドルのライブに行っただけでなく、圭吾もスロットを優先したことが知れ渡り姉妹そろってネットで叩かれる。放送を観て事実を知った沙織里は圭吾と絶縁する。圭吾は会社を退職させられて、地元から離れる。豊は悪質な一部のネットユーザーに対して裁判を起こす。
2年後の失踪事件
2年経って取材はなくなったが、沙織里と豊の地道な捜索活動は続いていた。そんな折に沼津駅近くで起きた女児失踪事件に関連性を見出した沙織里は、連続女児誘拐犯の場合を見越して勝手にそちらの捜索を始める。メディアが沙織里を無視しても、地域住民は沙織里に協力する。沙織里の勘は外れて、女児は普通に被害者母の交際相手の自宅で見つかる。女児が発見されて心から喜ぶ沙織里。
弟の暴走
遠方で暮らしていた圭吾は美羽らしき女児を連れていた怪しい男を見つけるも、逆に近隣住民から変質者扱いされて病院送りになる。この事件を契機に沙織里は警察から圭吾がかつて変質者から暴行を受けていたことを知る。二人で帰路につく社内で圭吾は初めて沙織里に謝罪する。
優しさに触れる
ビラ配りを続けている沙織里と豊にある母娘が声を掛ける。先日の捜査協力への感謝とどんな協力でもすると述べる母親に、豊は涙する。
横断歩道のおばさんになる
沙織里はミカン農家のパートに加えて、小学校の学童擁護員(横断歩道のおばさん;緑のおばさん)のパートも始める。ふと見かけた女児に美羽の面影を見て沙織里は思わず美羽のモノマネをする。「ぶるるるるる」
▼雑感:
覚悟して観たけど、エグかった〜。
一言でまとめると、《2年かけて娘の失踪を諦める母親の物語》だからね。
小さな救いは有るけど、大きな救いは無い。
沙織里も本心というか、心の深い所では諦めてるけど、彼女はビラ配りを止められないだろう。0パーセントじゃないのなら彼女はその望みに賭け続けるし、それが娘に対する供養、あるいは彼女自身の贖罪のような意味も持ってそうだから。不幸で心の傷ができるのは一瞬だが、その痛みと苦しみは一生続くのである。
石原さとみの演技がマジで凄い。
青木崇高と同じタイミングで私も泣いた。たぶん2年間ずっと我慢していたのだろう。縁もゆかりもない人の優しさが胸に沁みる。
森優作の演技は境界知能っぽい。映画後半で心の傷が原因でこうなったのかなと解釈させる余地も残すが、少し問題発言なことを書くならば、この映画であの姉弟はあまりIQが高くない人物として描かれているのだと思われる。
中村倫也の抑えた演技が石原さとみを引き立てる。
このように三者三様(実際にはもう少し多いが)の人物描写が巧みで、𠮷田恵輔監督の演出は素晴らしい。
出演時間が短い人物も全員キャラがよく立っている。
𠮷田恵輔監督作品で比較すれば救いがある内容だが、それだけに心の痛みも増す。
シネマトグラフィーが良い。重要な局面で、表情を見せないカメラ位置とカット割が冴えてる。
純粋に映画としての面白さや完成度なら『ヒメアノ~ル』や『神は見返りを求める』の方が上だと思う。『ミッシング』を最高傑作だと評する人が多いのは、本作では登場人物が平凡で観客が共感しやすいのと、絶望の中にわずかな希望の光が示されて安堵できる部分があるからだろう。理性よりも感情に訴えるという点では、MCUで『エンドゲーム』を最高傑作だと評する人が多いのとメカニズムは同じかと。
![](https://assets.st-note.com/img/1716003717757-bpPWDT39BD.png?width=1200)
本作はどちらかというとドキュメンタリーに近いが、石原さとみの過剰で強烈な演技のおかげで、これはフィクションだったと思いとどまれる。
(了)
一幕
一場:状況説明
二場:目的の設定
二幕
三場:一番低い障害
四場:二番目に低い障害
五場:状況の再整備
六場:一番高い障害
三幕
七場:真のクライマックス
八場:すべての結末
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