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捕鯨描写が物議を醸している件(アバター:ウェイ・オブ・ウォーター)
Twitterなどで一部の人達を騒がせている反捕鯨描写についてです。
この記事は部分的なネタバレを含みます。
(物語全体や結末には言及しません)
▼アバターのクジラ:
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アバター2にはトゥルクン(タルカン;Tulkun)という鯨のような巨大生物が出てきます。
タルカンは高度な知能を持つ巨大海洋生物である。ナヴィに匹敵するほどの知的で文化的な発展を遂げたタルカンは、その名や豊かな家族歴のみならず、洗練された音楽や詩に恵まれている。大昔は、仲間同士で血みどろの争いをしていたが、その後、暴力からは背を向け、種全体で平和主義に徹して生きることを誓った。彼らの道徳的原則は、身体構造によって支えられている。分厚い鎧の板がタルカンを他者の攻撃から自然に守るので、報復される必要がない。メトケイナとタルカンは種族を超えた異色で強力な信頼関係にある。それぞれのナヴィには、ペアを組み一生を送る、兄タルカン、または姉タルカンがいる。その他の点においても、タルカンはメトケイナにとって太古からの神聖なパートナーであり、共に儀式を分かち合い、仲良く暮らしている。
見た目やアクションは完全にクジラです。
シンプルにとても美しい映像のオンパレードです。
中身は動物というより、もはや「事実上の人間」として描かれます。
しかし、このトゥルクンの描写を巡って、日本で少し物議を醸しています。
映画のメイン悪役として【トゥルクンを狩猟する船】(便宜上、この記事では「捕鯨船」と記載します)が出てきて、彼らの器具に【日本語のステッカー】が貼られていたのです。
▼これは日本捕鯨協会の略称か?
問題になったのは、捕鯨船についてる中型モーターボートの先頭についてる爆薬付きハープーン(銛)を発射する装置です。
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この図版ではロケット弾に貼られていますが、完成品の映画では銛発射機の側面にも同じステッカーが貼られており、何回か画面に現れるので目敏い人には容易に見つかると思います。(私は観覧中には気付かず、後からTwitterで知りました)
ステッカーには赤地に白い文字で「日浦」と書かれています。
「日浦」という文字は「日捕」と形がよく似ています。
これが【日本捕鯨協会】の略称であるということで、一部の人達が「キャメロンが日本に喧嘩を売っている!」と熱くなっています。
言われてみるとハープーンも発射台もレッドとホワイトを基調としたデザインになっており、どことなく日の丸を連想させます。
▼キャメロンはヴィーガン歴10年目:
私は知らなかったのですが、ジェームズ・キャメロンはヴィーガンを10年ほど続けているそうです。よって彼は原則として「あらゆる動物を殺さない」立場の人になります。菜食主義はもちろんのこと、卵や乳製品も食べませんし、革製品も使いません。プラスチックも間接的な理由で使わないのかしら、知らんけど。
その上で、アバター2でトゥルクンが「人間よりも優れた生物」として描かれているのを見ると、映画中盤に長尺でダイナミックに描かれる壮絶な捕鯨シーンも、その後にトゥルクンの死を悲しむメトカイナ族を極限までエモーショナルに悲壮感を演出する雨のシーンも、捕鯨を止めない日本への当て擦りのように受け止めることは可能です。
キャメロンがヴィーガンだと知らなかった私でも、この描写はやや思想が強めだなあ、とは思いました。(別にキャメロンがそういう思想でも構わないですけどね)
トゥルクンが捕鯨船によって無惨に殺されるシーンでは、劇伴もアバター1作目でホームツリーが倒されてオマティカヤ族が泣き叫ぶ場面の曲がそのまま再使用されていました。私は正直「え、言っちゃ悪いけど、クジラを一頭殺しただけでこのBGMを使うのは流石にやりすぎでは?」と感じてしまいました。
「「「ヴィーガンのキャメロンが捕鯨活動に抗議している!」」」
なるほど…ありそうな話です。
でも、ちょっと待ってください。
そのロジック、矛盾してます。
▼冷静に見たら違うのよ(笑):
もしキャメロンがヴィーガンとしての信条を映画にぶつけてきた…のだとしたら、完全に矛盾するシーンがあります。
冒頭のネテヤムが弓矢で魚を射るシーンです。
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「石のかげを狙え」
「シュッ!」
「グサっ」
「バシャバシャ!」
「わーい、父さん、獲れたよ!」
「ピチピチ、ピチピチ」
「よくやったな、えらいぞ」
はい、証明終了!(笑)
ヴィーガンだったら魚も殺してはいけません。
似たようなシーンがラストにも出てきますよね。
夕陽をバックに水面に網を投げる美しいシーンもありました。
つまり、メトカイナ族も魚を食べているということです。
魚はOKだけど、クジラはNGなんですかー?(笑)
というか、動物を一切殺しちゃいけない信条で映画を作るなら、そもそもバトルシーンで人間を殺しまくるナヴィだって完全に矛盾しとるやろ!(笑)もはやギャグレベルで大量殺戮してますぜ。殺された地球人の彼らにだって両親は居るし、子供だって居たかもしれないのに。
自分たちはよそ者を平気で殺しまくるくせに、自分たちの仲間が殺されると派手に悲しむナヴィは、一周回ってアメリカ人も含むあらゆる人類に対する痛烈な批判になっているし、逆に矛盾や誤謬や差別を抱えながら生きることこそが人間らしさである、という残酷な事実を誠実に描いてる映画なのです。
アバターの物語なんて薄っぺらいと思ってる人に限って、こうしたキャメロンの懐の深さは理解してないのでしょうね。(苦笑)
そういう高いレベルまで視点を引き上げてくると、捕鯨船で日本語のステッカーが貼られていることにだって、複雑で多層的な背景が見えてきて、単純に「日本が批判された」と腹を立てるようなものではなくなります。
▼日本をモチーフにした理由を冷静に考える:
そもそも日本には日本捕鯨協会が存在するからといって、日本人全員が捕鯨に強く賛同しているということにはなりません。キャメロンが日本に喧嘩を売ってきたぞと激昂しているような人達はそこを勘違いしている節があります。
しかし事実としては、日本には日本捕鯨協会が存在する、日本政府は国のカルチャーとして捕鯨を認めている(法律で禁止してない)、それだけです。
百歩譲ってキャメロンが日本捕鯨協会をよく思ってないと仮定しても、それは直ちにキャメロンが日本の全てを否定していることにはなりません。これまでの業績を見る限り、キャメロンがそんな頭の悪い人物だとは考えにくいからです。
そもそも日本捕鯨協会がなぜ調査捕鯨を継続するのか、本質的な理由を理解している人は圧倒的に少数派です。別に日本人が残虐でクジラを殺したい民族だからではありません。ヨーロッパの活動団体に共鳴する西洋人は、自分たちに「クジラの油だけ欲しくて油を取ったら身は全部捨てていた過去」があるので、つい日本人も同じ考えで捕鯨をしていると誤解しがちですが、実態はそんなに単純な話ではありません。
そして同じように、アバター2の捕鯨船の船長が日本の捕鯨文化を正しく理解していた可能性も怪しいです。どう見ても頭が悪そうで野蛮なキャラでしたよね。私に言わせれば、彼は「ジャパンは世界に反対されても捕鯨をやめなかったクールな奴ら」くらいの浅はかな理解で日本捕鯨協会びいきになっていた可能性の方がずっと高いです。どの分野にも理解度の低いファンは居ます。でもそういう人達もひっくるめて経済は回っていく。それが世の中の現実です。
対照的に、アバター2で最も聡明に描かれていた人物はメトカイナ族の酋長トノワリです。彼はトゥルクンの死体を巡って村会議になった時も「今までも水平線の向こうでトゥルクン狩りが行われていることは知っていた。しかし今回は我々の目の前でやられた。これは看過できない」と、遠方のよそ者(自分達と異なる価値観を持つ者たち)に一定の理解を示していたことが推察できるセリフを話していました。当然、これは脚本を執筆したキャメロンの考えの反映でもあります。
2023年1月15日追記:
後日、東京記者会見でのイルカショーについて調べたときに、キャメロン監督のメール本文でまさにこの考えを表明している箇所を見つけたので、一部引用して紹介しておきます。
私はマイクで皮肉を言った。「私はよく分かっていますよ、このイルカ達はショーに出演することに同意してるんですよね」のような感じで。私ははらわた煮え繰り返っていた。でも事を大きくするのは避けたかった。もしかしたらそうすべき(あの場で怒りを公に表明してファンイベントを台無しにすべき)だったのかもしれない。振り返って考えるとね。だが私の本能は常にその土地の人達に向き合うことなんだ。そして、それこそがアバターWOWで言いたいことでもある。意識を変えるとはそういうことだ。
I said something snide on-mike like, 'I’m sure the dolphins were all asked for their consent to be part of the show' or something like that. I was seething. But I didn’t want to create a big public incident. Maybe I should have, in retrospect. But my instinct is always to meet people where they are. Which is the whole point of Avatar: The Way of Water. To shift consciousness.
描かれているのは「いろんな考えをする人達がいるし、外見だけでは考えの深い部分までは見えないよね」という普遍的な真実です。
SNSが発達してエコーチェンバーとなり、過激に単純化された意見が支持を集めやすい現代社会において、敢えて複雑な世界をありのままにフェアに描こうとしているジェームズ・キャメロン監督の今後の作品に、私は期待し続けようと思います。
了。
PS:
あの船長は、続編で宇宙海賊になって復帰すると予言します!(笑)
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