【「監訳者まえがき」公開】『不安・心配と上手につきあうためのワークブック』
監訳者まえがき
本書は、自分でも気づいていないこころの力に目を向け、不安や心配に向き合いながら、こころの問題に適切に取り組んでいけるように手助けするワークブックです。
不安や心配に悩まされている人はたくさんいます。そのためでしょう。抗不安薬と呼ばれる不安を和らげる精神安定剤が開発されたとき、「これで人間が不安から解放される」と喜んだ人がいたそうです。しかし、それに対して、「いやいや、そんなことにはならない」と諭した精神医学の大家がいたと言います。40 年以上前、まだ私が精神科医になって間もない頃に聞いたエピソードです。その後、多くの抗不安薬が開発されましたが、その大家が言ったように、今なお私たちは不安や心配から解放されないままです。
だからと言って心配しすぎないでください。私たちが不安や心配を感じるのは、それが私たちを守るために必要な感情だからです。不安や心配だけではありません。うつや怒りなど、できれば感じたくないネガティブ感情が、じつは私たちを守っているこころセンサーだということが、この間、わかってきました。私たちは、こころや体の痛みを感じられるから、すぐに危険に気づいて身を守ることができるのです。
ところが、その痛みが強くなりすぎると、かえって自分を縛り、心身の不調を感じるようになってきます。だからと言って、すぐにこころの痛みを感じないようにしようとすると、せっかくのこころのセンサーの働きが意味を持たなくなってきます。そうしたときに役に立つのが、本書で使われている認知行動療法です。
認知行動療法は、原著者の一人の精神科医アーロン・T・ベック博士が開発した精神療法(心理療法)で、現在、世界で最も広く使われている効果的なアプローチです。本書は、その認知行動療法の考え方を使って、不安や心配というこころの痛みにきちんと向き合い、痛みを自分の味方にして自分らしく生きていく、その具体的な対応策をステップ・バイ・ステップで身につけていけるワークブック形式でわかりやすく説明しています。
認知行動療法は、私たちが日常使っているストレス対処の知恵を上手に集めたものなので、誰でもどこでも使えます。そうは言っても、最初は難しいかもしれません。その場合は、専門家や仲間、家族、友人など、信頼できる人たちと一緒に本書を読みながら取り組むと良いでしょう。本書は、自分一人でも、他の人と一緒でも、どちらの使い方もできるように作られています。
もうひとつ、本書の特徴は、私たちが持っているこころの力を生かすコツが多く含まれているところにあります。本書は12 年前に出版され、日本でも『不安に悩まないためのワークブック:認知行動療法による解決法』(金剛出版)と題して出版されて多くの方の力になりました。
しかし、その後も認知行動療法は進化し続けました。そして、それぞれの人が見過ごしていた自分のこころの力に気づき、それぞれの人がこころのなかに持っているアスピレーションと呼ばれる夢や希望に目を向けることで、不安や心配にきちんと向き合えるだけでなく、そのつらい体験を自分らしい生き方のために生かせることがわかってきました。本書は、そうした新しい知見を取り入れて大幅に改訂されました。
ぜひ、多くの人に手に取っていただいて、活用していただけることを願っています。