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わたしのトリシュナー

 欲しいものなんでも手に入れたい。いくらお金があっても足りない。この前ヘッドフォンが壊れちゃったから、新しいものを買いたいし、最新型のカメラも欲しいし、大好きなマクドナルドで限界までお腹を満たしたい。コンビニに行って、値段なんか気にせずスナックをカゴに放り込みたい。いっぱい食べたいけど、太りたくもない。エステに行きたい。小顔矯正したい。鼻もちょっと高くしたいし、髪質改善もやりたい。全身プラダで着飾りたい。
 私がスマホをスクロールしながらそんなことをぶつぶつ呟いていると、先輩は鼻で笑って一蹴した。
「おまえって、本当に俗の極みみたいな奴だよな? この世に存在しうるくだらない欲望をすべてかき集めました、みたいな。もっとなんか、高尚なこと言えないわけ」

 先輩はイケメンだし背も高くてスタイルもよくて、いつもスマートなのに、変なことばかり言ってるからもったいない。出会った時からそうだ。デジタル・デトックスだとか言ってSNSの類いは全然やらないし、ミニマリズムだとか言って服も全然持ってないし。なんでも着こなせそうなのにもったいない。意識高い系っていうのかな。鼻につく。かっこいいけれど。先輩も、私が欲しいもののうちの一つだった。私は欲しいものは何でも手に入れたい。人間はきっと欲望を満たすために生きている、いや、生きるために欲望を満たしている。その繰り返しだ。死ぬまで。

「欲しかったものが手に入ったら、また別のものが欲しくなって、人間の欲望っていうのは本当に際限がないな?」
 先輩は新緑のあざやかな遊歩道を歩きながらうつむきがちに言った。
「たぶんおまえはきっと、人が欲しいと言ったものを欲しがっているだけに過ぎないんだ」
「べつにいいじゃん、それでも。生きていれば欲しいものなんて変わっていくものだし。こんな日くらいあれこれ言うのはやめにしたら」
「おまえは一生そうやって生きていくのか?」
 私は黙っていた。太ったおばさんに連れられたチワワがか細く吠えて、それっきりだった。快晴の空に翳りがみえて、ゆっくりと太陽を覆っていった。
「永遠がないのなら手にしても無駄だろう」

 先輩はそう言っていた。今も過去もいずれかすんで消えていく。先輩と別れたあと、前にインスタグラムで見つけて、行きたいと思っていたパティスリーの前を通りかかった。ウインドウの中のイチゴのショートケーキはあの時のままきらきらしてるけど、食べ飽きてしまえばどうでもよくなっちゃうのかな、なんて、私にしてはめずらしく、そういうことを考えた。


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