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推しの友だちに会った話ーー南極観測船「宗谷」

 推しの友だち(のようなもの)に会った話をしたい。ちなみに推しというのは軍艦である。船だ。人ではない。

 友だちから遅れる連絡を聞き、一人東京テレポート駅に取り残された。お台場、一人、暇つぶし、とか検索していると、船の科学館という施設がヒットする。南極観測船「宗谷」の展示も、と書かれており、「え、あの宗谷?」と驚く。

 タイミングよく、久しぶりに艦これを開いてプレイしていた。艦これとは、DMMゲームの「艦隊これくしょん」の略である。主に太平洋戦争で活躍した軍艦を擬人化して、自分の最強艦隊を作ろうといったゲームだ。

 太平洋戦争をくぐり抜けた軍艦、その中の駆逐艦の一人が推しだ。その艦これにも登場する「宗谷」がいると聞き、じゃあ会ってみたい、となったのである。まあ、同じ艦娘なのだから、推しの友だち、といっても過言ではないだろう。

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 近づいてみると、オレンジの塗装が眩しい。受付の方からチラシをもらう。え、入れるの? しかも無料? ただ外観をみるだけじゃないの…? と思いながら階段を上がる。

 船の上!!! なんと宗谷はほとんどのスペースを展示エリアにしているのである。しかも無料(募金はした)。

 船の上から居住スペース、お風呂、お手洗い、炊事場に食堂、暗室や船長室、貯蔵庫など、その当時使われた様子を博物館の展示のように再現している。なにより当時のままのキッチン棚のすりガラスや古びた蛇口など、レトロ感満載である。

 ちょくちょく部屋に置かれたマネキンに驚きながら、展示を見て回る。暑さもあってほぼ人はいなかった。ホームステイ中の留学生とホストファミリーと家族連れくらいだった。
 涼しい展示室にたどり着いて、親御さんはクタクタなのに、男の子は「早く次行こー!」と急かしている。待ってやってくれ…、と心のなかで呟く。

 艦これにハマっていた当時、イージス艦の上を少し歩いたりすることをしたのは覚えている。けれど、戦争時から活躍している船の中を実際に歩いているのは、それはそれは得も言われぬ体験だった。

 艦これに登場している船は、ほぼ海の底に沈んでしまっている。こうして塗装を新しくしたとしても、その船自体が残って、その中を歩き回れることのすごさは計り知れない。テンションが上がって自撮りまでしてしまった(暑さでスマホの温度が上がり、途中から写真が撮れなくなった)。

 輸送作戦などに従事し、戦後は在外邦人を助け、その後は各地の灯台に資源を届け、最後には南極観測船としてアフリカを経由して南極へ行った宗谷。その怒涛であり奇跡で彩られた歴史の延長線上、はしゃぎながら船の中を探検した。

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 宗谷が、誰かを傷つけるために、また船出をしなくてもいい世の中に生きたい。ゲームを知ったときより年を取った今の私は、そのお手伝いができる年齢になった。

 今年も終戦の日を迎えた。東京より涼しい実家でゆっくりしながらその日を過ごす。警報にも怯えなくていい静かな日のありがたみを、少しずつ理解できるようになった。今も起きている戦争の音が聞こえない場所で生きている。また正しい答えがわからないまま私は選択をしていく。

 それでも、真っ赤な顔をして宗谷の中を歩いていたあの小さな男の子が、自分以外のために命を落とすことが無いような、そんな選択をしていきたい。


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