夏の甲子園と片岡義男『散ってゆく花』
東京はここ数日雨つづき。
高かった気温が急落して、楽になる一方で、気温の急降下に体調が低空飛行気味で、なかなか上手くいかないものである。
今年の夏の高校野球もさんざん雨にたたられた。
去年から引き続きのコロナ渦中での開催で、感染予防に気を使わなければならないところに持ってきて、災害クラスの大雨で連日順延では滞在費など頭が痛いことばかりだっただろう。
青春小説と呼ぶのか、スポーツ小説と呼んだ方が良いのか、カテゴリー分類は難しいところだが、学生スポーツが題材の小説は昔から好きで、飽きずに繰り返し読んでいる。
箱根駅伝を題材にした三浦しをんの『風が強く吹いている』、学生ラグビーが描かれた三田誠広の『やがて笛が鳴り、僕らの青春は終わる』、佐藤多佳子の『一瞬の風になれ』あたりは「暇になると読む」定番みたいになっている。
この3作はオーソドックスというか、スポーツのど真ん中、水戸黄門的(半沢直樹的?)小説で期待を裏切らない。
紆余曲折、勝負の緊張や感動という王道中の王道だから、スポーツを見てワクワクした経験がある人なら、誰が読んでも盛り上がることができる(感動とか嫌いだって人は、それはそれで貴重種かも)。
この3作が誰にでも安心して薦められる小説だが、実はマイベストはタイトルにも挙げた片岡義男の短編『散ってゆく花』だ。
物語はかつて甲子園に出場した「元」高校球児たちが中心に描かれる。
地元を離れた元球児たちが8月のお盆に故郷に集まってくると分かり、久しぶりに集まって顔を合わせることになる。当然のように昔話に花が咲き、甲子園の思い出を語り合い、とあることをきっかけにグラウンドで野球をすることに。その相手は……。という筋だ。
これがかつて県大会の決勝で戦った相手であれば、まあ分かりやすい展開ではある。だがそれではあまりにひねりがない。
片岡さんは片岡さんらしく、予想外の展開で予想外の相手を用意した。
それが実に良いのである。
スポーツ小説のようにことさら細かくプレーを描くのでも、戦術や勝ち負けに重きをおいて書くのでもなく、ただ「夏」「帰郷」「野球」という三題噺のように爽やかな小説を作った。
繰り返しになるが、物語の主役は現役の選手ではなく、大人になったかつての高校球児だ。片岡義男にしては珍しく情が漏れるベタな作品になっている。
読後感は爽やかで、夏の青空と田畑を抜ける風を感じる。
タイトルの『散ってゆく花』が含むいろんな意味が語られることもない。それがかえって心地良い余韻になる。
いや、いろんなものが『散ってゆく花』なのだ。
描写がどこまでも映像的で、金があるなら短編映画にしたいくらい(ヒットはしないと思うけれど)。
それにしても兄弟校同士の今年の決勝はなんだか野球部内の紅白戦みたいで、奇妙な感じだったなあ。
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