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黒い真珠 #月刊撚り糸
青い空がどこまでも続いている。太陽はいつまでも降り注いでいる。椰子の木はどこまでも連なっている。ぽっかりとインド洋に浮かぶこの島には春夏秋冬なんてない。あるのは乾季と雨季くらいで、かと言って乾季から雨季になって何が変わるという訳でもない。天がしょっちゅうバケツをひっくり返したところで太陽はまた空を割って降り注ぐのだし、椰子の木々は変わらず連なり葉を耀かせている。気温だって一年通して概ね28度の辺り
もっとみる聖夜、祈りて #2021クリスマスアドベントカレンダーをつくろう
私が黒猫だった頃、飼い主は四人家族だった。父親と母親と息子が二人。
母親は毎晩、騒ぐ子らをなだめすかしながら絵本を読み聞かせていた。私も布団の上で丸くなって耳をすませた。
中でも、よく読まれていた絵本が『100万回生きたねこ』だった。あまりに何度も聞いたので一言一句覚えてしまった。
その猫は死んでもまた生まれ、別の一生を繰り返す。100万回もだ。つまり『死ねない』猫なのだった。彼にとって命はあまり
青色のおままごと #月刊撚り糸
そろそろだと思いました。
そろそろいい頃合いだと。
木曜日の午前十時きっかり、私はあなたのクローゼットを開けました。あなたの匂いがしました。昨日の夜のあなた、そのままでした。
左隅に置かれた三段プラケース、その一番下の引き出しをゆっくりと味わうようにスライドさせていくと、あなたの匂いは一段と濃くなっていきます。
一昨日はありませんでした。昨日もありませんでした。しかし遂に今日、見つけました。プラ
オレンジ色の光 #月刊撚り糸
押し殺したような笑い声。悪戯にこじ開けられた穴々に浮かぶ黒目。3歳や6歳や8歳がごろつくこの家で、薄っぺらい障子がどれだけの抑止力を持つというのだろう。
「くそっ」
腹底からの衝動に突き動かされるように椅子から立ち上がり、その辺に落ちていたパーカーをひっ掴む。綻びから山吹色のスポンジが飛び出た椅子が、ギッコ、と調子の狂ったような声を上げた。体中にまとわりつく視線を蹴散らすように乱暴に歩く。チビ
ミズキ #書き手のための変奏曲
小柄で華奢だが曲線的な女だった。黒髪は柔らかく肩に乗っていて、その黒の深みの奥から香り立つものがあった。伏し目がちでその瞼は薄く透き通るような白だった。
「おつかれーっす。売上げお願いしまーす」
もう三十になる癖に、こんな頭の悪そうな喋り方しか出来ないなんて我ながら情けない。将来の夢は社長になることです!と発表していた小学生の俺が見たら思い切り失望するだろう。何が社長だ、パチンコ屋でアルバ