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【掌編小説】映画館にて
僕は、映画館で必ず笑ってしまう時がある。
エンドロールが流れているときだ。
洋画ではエンドロール後に映像が流れることがあるので、僕はそれが終わるのをずっと待っていた。
他の客もそれを知ってか、席を立つ人は少ない。
目の前の大きなスクリーンでは、黒地の背景を小さなローマ字が間断なく流れている。
英語は分からないでもないが、ベルトコンベアで運ばれるように流れるその羅列は呪文のように思えてならない。
それを数十人が所在なく眺めているのである。
僕もその一人なのだが、一度客観視してみると滑稽な風景としか思えない。
今まさに入口から人が入ってきて、「なぜエンドロールをそんなに一生懸命眺めているのか」と問われたら、おそらく赤面してしまうだろう。
意地を張って目を瞑ってみたり、下を向いてみたりしても画面を眺めていることに変わりないと諦めて僕はまた顔を上げる。
画面はまだ白いローマ字で埋め尽くされていた。
他の人は一体何を考えて眺めているのだろう。
ふとそんな疑問が生まれた。
エンドロール後の映像を待ちわびているのか、今日の夕飯を考えているのか、スクリーンの英語を翻訳しているのか、それとも僕と同じことを考えているのか。
いくら思考してもキリがなかった。
すると、映像が切り替わった。
エンドロールが終わり、皆が待ち望んだポストクレジットシーンが流れ始めた。
それは数秒で終わった。
たいしたことのないシーンだった。
徐々に照明の明るさが増し、スクリーンが縮小する。
無駄な時間を費やしたと損をした気分にもなり、僕は渋々席を立つ。
出入口には少し行列ができていた。
映画の感想を語り合う声が僕の周りを取り囲む。
あらゆるシーンが頭の中で鮮明に再生される。
柔らかい質感の絨毯に足が沈み込む。
扉の向こうから吹き付ける生温い現実の風が優しく肌を撫でる。
気付けば、僕の心は和んでいた。
いい映画だったな。
春の昼下がり、僕は軽快な足取りで家路についた。