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【読書感想】本屋を襲撃することから始まった、おかしくて切なくて美しい物語。

1.『アヒルと鴨のコインロッカー』伊坂幸太郎

出版社:東京創元社
発行年:2003年
書名:あひるとかものこいんろっかー
作家:いさかこうたろう
文庫本:363ページ
カテゴリー:青春、恋愛、ミステリー、動物

評価:★★★★☆

本作は、第25回吉川英治文学新人賞を受賞した傑作ミステリ小説である。

「オーデュボンの祈り」で鮮烈なデビューを飾った伊坂幸太郎の著作であり、「ラッシュライフ」「重力ピエロ」を経て、満を持して刊行された長編小説で、伊坂ファンの拡大に大きく寄与した作品と言える。

映画化もされている本作は、ミステリーの謎深さと青春の青々しさが絶妙にマッチした稀有な作品であり、良い意味で伊坂幸太郎らしさがあまりない印象で、とても新鮮な味わいがあった。

「一緒に本屋を襲わないか」
という特徴的な一文に引き寄せられた読者もいると思うが、この文の含意というものは、その経緯も含めて複雑で謎めいたものであり、全ての真相が明かされたとき、そこには確かな清冽な余韻を残すだろう。


2.あらすじ

引っ越してきたアパートで出会ったのは、悪魔めいた印象の長身の青年。初対面だというのに、彼はいきなり「一緒に本屋を襲わないか」と持ちかけてきた。彼の標的は──たった1冊の広辞苑!?そんなおかしな話に乗る気などなかったのに、なぜか僕は決行の夜、モデルガンを手に書店の裏口に立ってしまったのだ! 注目の気鋭が放つ清冽な傑作。


3.登場人物

椎名
関東から東北に引っ越してきたごく普通の大学生。
一人暮らしや学生生活に不安を抱き、少々頼りない。押しに弱い。

河崎
容姿端麗であり、女性をとっかえひっかえしている。椎名のアパートの隣室に住んでいる。

琴美
以前に極短期間だが河崎と付き合っていた。2年前の物語ではドルジの恋人である女性。
ペットショップでバイトしている。

ドルジ
ブータンからの留学生。英語は堪能だが、日本語は簡単なものしか話せない。

麗子
ペットショップの店長をしている女性。肌が白い。


4.感想

①カットバック形式

カットバック形式とは、主に小説や映画で用いられる技術のことであり、異なる場所で同時に起きている複数シーンのショットを交互につなぐ演出のことである。

本作の場合は、2つの場面が同時期に進行しているのではなく、過去と現在に分かれて、読み進めるたびに現在の謎が明かされていくというスタイルをとっている。

今まであまり読んだことがない形式だったので、とても斬新で新鮮な気持ちがしたが、伊坂幸太郎の代名詞とも言える「伏線回収」がより効果的に発揮されていた。

②「ブータン」という国

本作の登場人物の1人にブータンからの留学生である「ドルジ」がいる。

彼は「琴美」という女性と付き合っていて、堪能な英語と簡単な日本語を話すことができる。

ブータンという国は、大体インドの右上あたりにあるヒマラヤ山脈近くの国であり、世界の中でも国民の幸福度が高い国としても有名である。それは仏教徒が多い国であることが大きく影響しているからであり、作中でもブータンのすばらしい国民性が窺える場面が多々ある。

「善いことも悪いことも、やったことは、全部自分に戻ってくるんだ。今は違っても、生まれ変わった後で、しっぺ返しがくる。」
                 ドルジ(p.70)

ブータン人は基本的に輪廻転生を信仰していて、現世で死んでも来世では人間や虫、動物に生まれ変わり、そこには因果応報が適用されるという考えが通奏低音としてある。

現世で善いことをして、現世でその恩恵が返ってこなくても来世で返ってくると信じて疑わない精神は、日本人にとっては広まりにくい考え方であると思うが、とても分かりやすく、全ての人が幸福になれる考え方だと感じた。

③アヒルと鴨

みなさんは、アヒルと鴨、の違いを知っているだろうか。

「アヒルは外国から来たやつで、鴨はもとから日本にいるやつ」
                  琴美(p.186)

登場人物の一人である琴美がこのように説明しているが、どこか自信なさげな感じなので、Googleを開いて調べてみた。

鴨(カモ)とは、野生に生息しているカモのことであり、英語で「wild duck」と表記される。
その鴨の代表的な種類がマガモであり、そのマガモを品種改良して家禽化したのがアヒルである。
英語では「domestic duck」と表記される。

琴美が説明した内容も間違ってはないと思うが、このような明確な違いが両者の間にはある。

見た目はほとんど同じだが(色は違う)、本質的には全く違うものとして本作では、「ドルジと琴美」「河崎と椎名」といった両者の関係を分かりやすく表している。


5.印象に残ったフレーズ

外国の諺を思い出していた。
『悪魔は絵で見るより黒くない』
                  椎名(p.16)
「生きるのを楽しむコツは二つだけ」
河崎が軽快に言った。
「クラクションを鳴らさないこと、細かいことを気にしないこと」
                  河崎(p.115)
「世の中の動物や人間が幸せになればいいと思うのは当然だろ。生まれ変わりの長い人生の中で、たまたま出会ったんだ。少しの間くらいは仲良くやろうじゃないか」
                  河崎(p.350)


6.最後に

文庫で400ページ近くと、決して短くはない物語の中に様々な要素が詰め込まれていて、それが複雑に絡み合っている。
また平易な文章で書かれているためとても読みやすく、老若男女誰でも楽しめる作品となっている。

あまりネタバレをしないように感想を書いてきたが、本作は思っているよりミステリー性が高い小説である。
これから本作を読む方は、作中にひっそりと隠されるトリックや伏線に注目してぜひ読んでみてください



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