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エッセイ | 分からないままでも

においに敏感で、自分の部屋に居る時でも香水を付けることがある。嫌なにおいは身の回りから排除したくなるが、消し去る方法が分からないために良いにおいを身にまとう。

嫌いなにおいはあまり多くない。好きなにおいの方が多いと思っている。街中を歩いている時も飲食店からこぼれるにおいは食欲をそそるし、スーパーマーケットのようにいろいろな商品が売られている場所なのに、無機質で冷たいにおいも良い。

その場所でさまざまなにおいが存在していることは当然なのだが、どのにおいにもなじみがある。


以前カフェで過ごしていた時、周囲はコーヒーのにおいで包まれていた。コーヒー好きな私にとって最高の空間だった。

隣に座る人がカバンから新聞を取り出し、読み始めた。私は少し「まずいな」と思う。

隣の人が新聞のページをめくるたびに、こちらへ波のように新聞紙のにおいが押し寄せる。私は新聞紙のにおいがどうも苦手で、この時は本当に困ってしまった。

最近は新聞紙とも距離をおいて生活していたため、突然の再会に戸惑ってしまう。

せめてカフェではなく違う場所で出会いたかったが、運が悪かったのだと諦める。


特定の場所以外でもにおいは存在する。例えば雨のにおい。直接雨をにおって感じているわけではなく、雨でぬれたアスファルトや土のにおいが「雨のにおい」になっている。

あのにおいは久しぶりに嗅ぐとうれしい感情になるのだが、連日のように嗅いでいると嫌いになってくる。きっと、そのにおいに飽きてきているからだと思う。

雨のにおいよりも理由の分からないにおいもある。それは「季節のにおい」だ。ある季節の終わりに、季節の始まりを知らせるにおいがする。

私は最近「秋のにおい」で夏の終わりと秋の始まりを感じた。ただ、「このにおいは秋のにおいだ」と感じたのではなく、何となく秋か冬のにおいだと思った程度なのだけれど、「まだ夏が終わり切ってもいないのに冬は早いか」と思い秋にしたのだ。


私が感じた秋のにおいは悲しいものだった。

夕方頃、もう空は暗くなり始め、遠くにあるビル群の光がキレイに輝き始めた時だ。買い物に行くために歩いていると、吸い込んだ空気がスッと冷たいことに気付く。

改めて呼吸をすると、体の中も、体の外も冷えた空気に包まれる。そして秋のにおいが鼻から頭へ抜けていく。

このにおいが何なのか分からないけれど、すごく懐かしくて悲しいにおいだ。正体が分からずにモヤモヤとするが、不思議と頭はさえている。

年に1回、もしかしたら数年に1度しか出会わないにおいかもしれない。私の心をくすぐるが、その正体は分からないままでいいかなと思えた。



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