エッセイ | 大丈夫にしました
終電を逃してしまった。ここからタクシーで帰れば1万円くらいかかるため、それだけは避けたい。
自宅がある駅までに2つのターミナル駅を経由する。最寄り駅から1つ目のターミナル駅まで行くための終電は異常に早い。ターミナル駅からの終電はもう少し遅くに設定されている。だが、そこまで行けなければ意味がない。
であればそのターミナル駅までタクシーで向かえばよいではないかと思うところだが、それは愚策だ。ターミナル駅付近の繁華街を抜ける時間を考えると終電にギリギリ間に合わない可能性がある。
そのため、考えられる方法としては2つ目のターミナル駅へ向かうということ。その駅からの終電はさらに遅く設定されているし、無駄に湾曲している線路上を走る電車よりも、最短距離で進める車の方が多少は早い。
そうと決まればタクシーを拾い、ターミナル駅へと向かう。
「終電逃しちゃったんですか?」ヘラヘラと運転手が尋ねてくる。そっちは客が捕まってうれしいだろうが、こっちとしては痛手なのだ。少しばかり腹が立つが表には出さずにやり過ごす。
「でも、あの駅なら終電が遅いですから大丈夫でしょうね」あと20分ありますし、と運転手はハンドルに指をトントンとさせながら言う。
タクシーは順調にターミナル駅へと向かっていく。途中、信号で止まることもあったが、それ以外は順調だった。
少しすると運転手が「ちょっとまずいかもしれませんね」とつぶやく。どうしたのかと尋ねると、どうやら道路の工事をしており車の進みが良くないそうだ。
回り道はできないのかと尋ねるが、どこを工事しているかが不明なため、うかいする範囲を決めきれないと言う。
「祈るしかないですね」運転手はそう言って窓の外を眺め始めた。なんか嫌だなと私は思った。
ゆっくりとタクシーは進み、時間はどんどん経過していく。私が焦っても仕方ないが、待つだけの時間はもどかしい。
やっと工事をしている場所を通過すると車の進みが良くなる。終電が発車するまで残り10分。
「お客さん、1番近い入り口からホームまでは何分あれば行けますか?」不意に運転手が尋ねてくる。
「5分はいらないけれど、3分は欲しいですね」そう返すと、運転手は時計を見ながら「あと8分で着くようにします。お支払いの準備だけお願いします」と静かに言った。
ヘラヘラした人かと思ったが、なんだか頼りがいのある人に思えてきた。
「お客さん、交差点に突っ込みますのでしっかり捕まっていてください」そう言って交差点へ進入していく。
この道はよく知っている。この交差点から細い抜け道へ入るのだ。このスピードであの抜け道に入って大丈夫なのか? と思うが、タクシーはスッと進んでいく。ブレーキの減速も感じさせない気持ちの良い運転だ。
抜け道もスルスルと走っていき、このまま行ければ終電にも間に合うと、私の心臓が高鳴るのが分かる。
ターミナル駅の目の前に停車した車内で支払いを終える。
「あと5分あるから余裕ですね」運転手がうれしそうに言う。
「間に合うとは思いませんでした。さすがですね」私もうれしくて、つい本音が漏れる。
「祈るだけは嫌じゃないですか」そう言って運転手は「あとはお客さんも頑張って走るだけですよ」とドアを開ける。
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