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自立のための立志、自律のための信念。両方とも己の内なるもの。決して、外側からの評価や圧力で生まれるものではない。
日々の生活を主体的に送る。
それは、外側から眺めて生きることではない。
己の内に志と信念を持って生きることである!
こんばんは。
宝塚市の安産祈願で有名な中山寺
中山観音駅の近くの学習塾で
塾長をしている、石井克馬です。
日本人だから、言葉を聞いて想像できる風景
トンネルを抜けたら雪景色
こんな感じですね。
この言葉を聞いた時、画像のように
日本人なら車に憑依している状態‥ww
決して外から車を眺めている様子を
頭の中で思い浮かべてはいない。
自分が車になりきって状況を想像する。
あり得ない状況を頭の中で想像できる日本人。
禅は日々の生活を生きることであって、
外からそれを眺めることではない。
外から眺める時には必然的に実際に生きる
という事実から遠ざかってしまう。
そして、そこに言語や思考や概念などが
出てくるが、それは禅の関知せぬ世界の
ことである。
#鈴木大拙 先生
自立して生きる。
自分を外から眺めているという事は
実際に自分の人生を生きていると言えるのか?
主体的に自立して生きていると言えるのか?
ーーー
怒られないように勉強する?
勉強の最中に外(他者)からの評価は必要ない。
主体的に自分のことを内側から
律することが必要なのではないか?
自律して生きる。
怒られるから勉強する‥
外からの評価に反応するように勉強する‥
他人に怒られないための勉強‥
他律による勉強
いったい何を生み出すのか?
他律により何が得られるのか?
自立と自律が必要だと思います!
自立と自律を両立して生きていく上で‥
怒って勉強をさせるという指導は
必要がないと考えています。
自立のため、自らの志を立てる。
自律のため、内なる信念を持って律する。
自立と自律を両立した人間になっていきましょう!
(*´ω`)┛押忍o