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ふりかえりめくる一日一日が麻の喪服のごとくにうすら|渡辺松男【一首評】

数ある好きな短歌から、今日はこちらの短歌をいただきます。

ふりかえりめくる一日一日が麻の喪服のごとくにうすら

引用:渡辺松男「牧野植物園」|書肆侃侃房(2022)

ほかの短歌鑑賞(一首評)は、こちらからどうぞ。


STEP1:ひとくち食べた印象やイメージ


渡辺松男さんは、1955年(昭和30年)生まれの歌人。

ひとまわりもふたまわりも先輩なのに、口語やオノマトペが多く、独特のやわらかさがとても詠みやすい。

でも、詠みすすめれば人生や命に関する金言が隠れていて、やわらかいだけじゃないと気がつく。

そんななか、ふと、色が違う短歌をみつけた。

ふりかえりめくる一日一日が麻の喪服のごとくにうすら

引用:渡辺松男「牧野植物園」|書肆侃侃房(2022)

不穏だ。

不穏すぎる。

「喪服」のような一日なんて、希望が一切なさそうではないか。「うすら」という言葉も、なんだか幽霊でも出てきそう。

不穏さを薄める言葉なんて、いくらでもあったはずなのに。

うすら=ある現象・状況などが、ほんの少し現れているさま。かすか。

「かすか」なんていいじゃない?すこしエモくなる気もするし。

でも、違う。この不穏さがいい。

この不穏な感じが、この短歌のすばらしいところなのだ。

***

麻の喪服って、ちょっとめずらしい。

少なくともわたしは持ってない。

最近は夏用の喪服としてよくあるのかなと思ったけど、やっぱりあまりないみたい。麻素材の正喪服や準喪服を探してみたけど、なかなか見つからない。

喪服には、実は3段階ある。

正喪服:喪主や親族など葬儀の主催側が着用する最も格式の高い喪服
準喪服:法事に参加する人が着用する最も一般的な喪服
略喪服:「平服でお越しください」と案内がある場合に着用する平服

麻の喪服は、おそらく略喪服なのだろう。

そうなると、この短歌の不幸度も少しだけ緩和する。

ふりかえりめくる一日一日が麻の喪服のごとくにうすら

引用:渡辺松男「牧野植物園」|書肆侃侃房(2022)

誰かが亡くなったばかりとか、主宰しているわけじゃない。

不幸がちょっと遠い。うん、思ったよりも。

亡くなってからかなり時間が経っていたり、亡くなったのは遠くの遠くの友達や知り合いの親戚…なのかな。

ふりかえり、ちょっとだけ遠い不幸がうすーくまとっている毎日。

いや、それでも、ちょっとやだな。笑 

なんだか早く這い上がりたくなってしまう。

でも、案外、人生ってそんなものなのかもしれない。

毎日ぱきんとした青空ばかりの人生なんてそうそうないのだから。

***

麻は夏服によく使われる。

その特徴をあげてみると、以下のとおり。

【良い点】
とても丈夫である
繊維が伸びにくく硬い
吸水・吸湿性に優れている
熱伝導性に優れていいて乾きやすい
汚れがつきにくい
抗菌性が高い
【悪い点】
色が染まりにくく落ちやすい(少しずつ白くなる)
シワになりやすく型が付きやすい

あ、なるほど。

この短歌、そこまで不穏ではないのかも。

「喪服」という言葉遣いにびっくりしてしまったけれど。

一瞬、真っ黒な救いようのない毎日を思い浮かべてしまうけど。

本当はぜんぜんそんなことはない。

麻でできた喪服は、洗濯するたびに少しずつ白くなっていく。

ちょっとずつ、ちょっとずつ。

毎日に光が差し始める。

作中主体がみている毎日は、ぜんぜん暗くない。

むしろ、一日一日が上向きにすすんでいるように見えてくる。


STEP2:食べ続けて見えた情景や発見


渡辺松男さんは、歌集「寒気氾濫」のあとがきで「幼いころ木になりたかった」と述べている。

植物を愛していることが一目でわかるぐらい、植物が出てくる短歌が多い。

歌集を何冊も読んでいると、「あーーこの人っぽい」ってわかる短歌が意外と多いことに驚くが、特に渡辺松男さんはとても個性的で真似するのが難しい歌人のひとりだと思う。

個性的な短歌を詠むためには、自分を貫く強さも重要なんだろうな。

キャベツのなかはどこへ行きてもキャベツにて人生のようにくらくらとする

引用:渡辺松男「寒気氾濫 (現代短歌クラシックス08) 」|書肆侃侃房(2021)

どんなにキャベツが好きでも、キャベツの中に入ってくらくらすることはあまりない。

でも、わかる。

わかるようなきがする。

そして、「渡辺松男さんだ!」とうれしくなる。

今度キャベツを食べるときは、少し中に入り込んでみたい。きっと、わたしはキャベツを食べるたびにこの短歌を思い出す。

そんな短歌が作れる人にわたしもなりたい。


まとめ:好きな理由・気になった点


・直喩「麻の喪服のごとく」の解釈に深みがでる単語選び
・幼いころ木になりたかったという渡辺松男さんの個性的な植物短歌


とても好きな短歌のひとつです。

ごちそうさまでした。

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石井しい
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