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読書(2024/8/26):半村良『太陽の世界』15-18巻全体の感想


1.半村良『太陽の世界』とは

半村良『太陽の世界』15-18巻読了。

『太陽の世界』は、非実在ムー大陸における平和主義的漂泊念力民族アムと、彼らがたどり着き建造した理想郷ラ・ムーにおけるファンタジー大河小説です。
今回は長らく入手が困難だった15-18巻全体の感想です。

2.様々な土地、様々な生業、様々な民族、交流と紛争

この小説はまず、気宇壮大な非実在ムー大陸ファンタジー大河小説です。
また、ラ・ムーの広義のアム族の話にとどまらず、周辺の民族の話がなされます。実はここが大きな見どころの一つです。
民族は基本的には生業で大雑把に区分され、民族学的には滅茶苦茶シンプルで分かりやすい区分けが成されています。

  • 自然神ラを奉じる、平和主義的漂泊遊動採集民アム

  • この小説の特徴でもある念力民族モアイ(アムと合流し後に僧侶階級となる)

  • 漁労民ユレキ(アムと合流し、ラ・ムーの軍事的主力、念力飛行船の要となる)

  • 先住民ヌクト(ラ・ムー先住民。アムと合流し、属領で防衛任務に就く)

彼ら広義のアム族の他に、

  • 狩猟民カザト(ラ・ムー第一次防衛戦争の敵。長らく犠牲の神デンギルを奉じていた。稀に王や将軍のいる部族がある。負けて陸路交易民となる)

  • 牧畜民ハラト(ラ・ムー同盟国。長らく裁きの雷神ドールを奉じていた。アム出身の英雄王夫婦に統治されるが、後にその子孫の内乱などでえらい目に遭うし、ラ・ムーは鎮圧のため派兵する)

  • 農耕民ムート豊穣多産の女神ムーを奉じている。ラ・ムー王祖がここの娘に子供を産ませ、しかもメチャクチャ粗略に扱ったので、土地によってはラ・ムーへの反感がある)

  • この小説の特徴でもあるデギル教団(上記の経緯でラ・ムー王祖非嫡子デギルがデンギル信仰を改変して作り上げた悪徳の反ラ・ムー勢力。念力で暴虐と掠奪と荒淫の限りを尽くし、討伐しても何度か再結成している)

  • 難民ヨミト(ムー大陸はあちこち沈みつつあり、その過程で祖国を失い世界も神も呪い死を望む者達)

などが出てきます。
15-18巻ではさらに増え、

  • 水上交易民ネプト(ラ・ムーとかなり離れた長河地域の住民。生きる欲望の海竜神ネプトを奉じている。造船技術を持ち、契約の上で人夫を働かせて上がりを吸っているある種のブルジョアジー

  • 人夫プメロ(ネプトに契約の上で雇われて家族を養うが、決して豊かにも楽にもなれないある種のプロレタリアート

  • 長河諸国(ムー大陸文明の爛熟の地。ネプトと異なり契約を守る気風がないので結束力に乏しく公共政策も取りづらい身内主義政治の水上交易大国ダナオ、覇権主義で拡張政策を取る覇権主義国家タナ、財産よりも住民とその精髄である美術工芸を重視する美術工芸国タグルなどが存在する)

  • 火山採鉱鉄器冶金征服民アピ(ラ・ムー第二次防衛戦争の敵。負けて鉄器と冶金術と採鉱技術をラ・ムーに接収されてしまう)

  • ブリンコ山師山賊宝石鉱山統一軍(治安の悪い鉱山地帯で群雄割拠していたが統合され、麓の長河諸国への一大掠奪を開始する)

などなどが出てきます。
彼らの地理と、そこから生じる生業と、交流紛争を見ているだけでも、文句なしに一大スペクタクルです。

3.人間への鋭い観察力

また、作者の人間への鋭い観察眼が光ります。ここも大きな見どころの一つと言えるでしょう。
15-18巻に限っても、以下の通り、かなり膨大にあります。

3.1.個人へのまなざし

  • 「若者は、物事を知らずに飛び出して後悔することで、知恵が身について来るものだ。悩んでいるのは君だけじゃないし、君の悩みは誰にも共有不能な閉じたものではない」

3.2.社会へのまなざし

  • プレゼンテーションのポイントは、現状整理→要約→問題点発見→解決策→具体案→影響の見積→最終的に相手方の利益を説く、だ」

  • 田舎は、の都合は知ったことではないが、国に振り回されざるを得ない。子供も、大人の都合は知ったことではないが、大人に振り回されざるを得ない。労働者も、雇用者の都合は知ったことではないが、雇用者に振り回されざるを得ない。そういう周縁的な立場が、世の中にはある

  • 働かない子供の居場所はそのうちなくなる。とはいえ、そうならないように働き者になったところで、人並になっただけだし、評価者によっては働き者の仕事を当たり前のように受け取りながら、敬意どころか、使用人が如く考え始める。こうなったら詰む

  • 労働者は、給料を十分にくれるなら、雇用者に逆らえない。逆に、給料を十分に払うことを約束した雇用者は、労働者が逆らう気を起こせなくなるほどに、立場が強い

  • 自分がどれほど貢献すれば、目標に届く対価を得られるか、と考える労働者は、雇用者にとってはいいカモである」

  • 約束を軽く扱うやつらが、土壇場で結束などできはしない

3.3.国内政治へのまなざし

  • 研究機関の成果が社会に還元されない社会からの尊敬の念を失うし、当の研究機関しばしば研究そのものより社会への還元を重く見ている

  • 旧移民ニューカマーは、それぞれの生活の安定がある程度保証されている限り、金持ち喧嘩せずの論理が働いて、目立った対立は起きなくなる

  • 「土壇場で浅知恵で逃げる有力者民衆の信頼を失う

  • 野心家利権絡みの報酬完全に与えると、利権の私物化で強大になりすぎて危険だが、報酬を減らす集団への忠誠心を持たなくなり、集団のためにならない利己的で身勝手な謀略を考え始める

  • 宮廷政治閉じた内側の話であり、真の野心家はそんなものに囚われず、開いた外側に向かい、そこで自分の領土や商圏を開拓する

  • 年を食った野心家は、野心が成就した後の面倒事の後始末について「だって自分は絶頂のまま死に抜けられるし」と考えることがあり、それは残される者達にとっては迷惑

  • 政権に変動があると、そこに利害関係のある周縁勢力は、自分たちの地位と自治権が奪われないかということで、極めて神経質になる

  • は、民が飢えて狂うギリギリのタイミングまで、食料等の再分配渋る。それに、再分配は身内優先になりがちで、地位の高い者はたくさんもらえて、地位の低い者はわずかしかもらえない

3.4.国際政治へのまなざし

  • すごい優位性を持つ者達が、そうでない者達と交流をしたら、そこには不公平はどうしたって起きるし、揉め事にもなる

  • 「揉め事を起こさないためには、揉め事の起きそうな相手たちのことをあらかじめちゃんと知らなきゃならない

  • 「平和主義で行きたいが、それを相手に強いたら、そのうち宣教師的侵略が起きる。それも平和主義者の側がやるのだ」

  • 「何も考えずに他所の紛争を調停すると、強くて悪いやつの利益になってしまうことがしばしばあるので、調停気を遣う必要がある

  • 平時法有事法を分けないと、それぞれの時に大きな揉め事の元になる」

  • 国際条約を作れば、諸国間の戦争はかなり減るだろう」

  • 「だが戦争一旦起きてしまった国際条約はごみ扱いされがちである」

  • 平和主義を堅持したいのなら、手を汚す役目聖域とが混ざらないようにせねばならない。一旦手を汚した聖域が、平和主義だの何だの言っても、シンプルにごみ扱いされかねないし、対外的な説得力なんか猶更ない」

  • 圧倒的武力による交戦は、素手での殴り合いと異なり、痛痒を感じないどころか優れた力と共に在るという高揚すらもたらすし、だから歯止めのない一方的な殺戮になる

  • 部隊の中の部下への統制が厳しいだけの上役は、部隊の外への乱暴狼藉に関する部下たちの統制について、やるだけの知見も動機もない(部隊の外に責任など感じようがない)ので、乱暴狼藉は当たり前に起きる

  • 自分の強みとなる奥義門外不出であり、そこが綻びたら自分の優位性は維持できなくなる。だが周囲としては「その拡散防止主義は不公平だ」と非難したくもなる

などなど、どちらかというと厳しい生臭い話が膨大に生えてきて、
「すげえもん読んでるなあ」
と痛感します。

4.各時代の青年男子主人公「以外」の内面に対して、客観的に見ることはできても、共感が生じるフックがあまりない

ただ、優しさや共感から広がる話はほぼないのと、心の動きについての話の比重もかなり副次的なものであるというところで、
「そこは描写の力点や関心の偏りだな」
とは率直に思います。

一大スペクタクルを読んでいるのは明らかなのですが、各時代の青年男子主人公「以外」の内面について、
「ああこんな人なんだ、こう考えているんだ」
とは思う
ものの、
「自分もそんな気持ちになってきたな」
とはあまりならない
ところがあります。

つまり、大きな世界の話はあっても、大きな世界を様々な小さい個人の目で見るということが、あんまりできないんですね。
「世界を見るカメラの役割は主人公に一任しておく」という割り切りなのかも知れませんが、「世界が単一の見方しかできない」という意味では、世界の豊饒さを損なっているようにも見えます。

もちろん、世界の他の見方を教えてくれる先達も出て来るのですが、15-17巻までは油断ならない上司であるバルダ隊長の物の見方であり、野心家かつ策略家であることが明らかになって行く彼に共感を覚えるのはかなり難しいと言えます。
18巻では人生の悲哀を味わっている元人夫隊長パルロや人夫隊長キズマや料理人夫オグロの視点になり、こちらは
「俺らは凡人、アムは超人。世の中、不公平に出来てやがんなあ」
ぼやきを口にしており、そこら辺は少しは共感しやすくなるのですが…

5.15-17巻と18巻は別の編である。なのに新編開始の18巻で未完最終巻なんですよ

また、実は18巻未完最終巻なのですが、エピソードとしては15-17巻までで一区切りで、18巻から新編が始まるのです。
つまり、ここで未完なので、だいぶ
「おい、この先どうなるんだよ。何でないんだよ」
と言いたくなることしきりです。
作者にもいろいろ事情や心境はあったのだと思いますが…
(とはいえ、おそらくこれはムー大陸なので、予定されていた全80巻の果てには、登場人物は事実上全員沈没して終わったはずである
(それはそうだが、そこまでの過程は!?

6.総評。ファンタジー大河小説としては文句なしに傑作

とはいえ、全体としては
個人の心の動きや、心を開いた者同士のつながりとその機微はあんまり扱われないが、人々と歴史のうねりを描く作品としては極めて高レベルのものである」
という総評です。

今ではKindleで買うのがおそらく一番楽なので、もしご希望の方がいらっしゃったら是非どうぞ。


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