読むと元気が出る「実用書」~川内有緒著『パリでメシを食う。』~

パリでメシを食う。』(幻冬舎文庫、2010年。以下、本書)。
なんていいタイトルなのだろう。
そこで一旗揚げようとか特別な何かになろうとか、ガチガチに肩に力が入ったものじゃなく、かと言って、誰かや何かに強要されているような悲壮感もなく、ただそこにいて、日々当たり前に働いて、その収入でできる生活を送っている。
そこには、「普通の人の普通の日常」がある。
ただ、「普通の日本人が普通の日常を送る場所」が、パリだっただけだ。

川内有緒氏もその一人で、同時期に同じように「パリで飯を食」っていた人々をインタビューしてまとめたのが本書だ。
登場する人は、著者の知り合いだったり、インタビューのために誰かから紹介してもらった人だったり、噂やネット情報などで知ってアポイントを取って会いに行った人だったりと様々だが、特異な職業だったり、有名だったりするわけでもない。

だが、だからこそ本書に登場する人々の日常は魅力に溢れている。
その理由は「あとがき」を読めばわかる。

「僕の生き方なんか誰の参考にもならないですよ。しょうもない人生ですから」
そう言ったのはパリコレで活躍するスタイリストの人だ。もっと成功している人がいるから紹介しましょうか、とも言ってくれた。
「いえ、いいんです、私は誰かの参考になるような話やサクセスストーリーを聞きたいわけではないんです」
そう答えると、彼は戸惑っていたが、私は内心嬉しかった。「しょうもない」話は一見すると「普通の人生」と呼ばれるような内容かもしれないが、その蓋を開ければ、二つとない話だということはわかっていた。

本書に登場する人は、中には野心を抱いてパリに来た人もいるが、むしろそんな気なんかなくて、タイミングや成り行きで、たまたま今「パリで飯を食」っている人の方が多い。
それに野心を抱いた人だって、その野心どおりになんかなっていない。
「将来の夢はお嫁さん」という人がその夢叶えるために、日本で知り合ったフランス人男性を追ってきたのに夢叶わず、なのに何故か国連職員として「パリで飯を食」っている人もいる。

『パリコレで活躍するスタイリスト』や『国連職員』とあらば特別と言えば特別で憧れの職業でもあるので、彼/彼女の人生が何らか参考になると思ったら大間違いだ(本書を読めばわかるが、参考にしたくても、きっとできない)。
本書は先に引用した「あとがき」にもあるとおり、『誰かの参考になるような話』は紹介されていない。
しかし、参考にならないかといえば、本書は大いに参考になる。
ただ、参考にすべきは彼ら/彼女らが辿った人生ではない、ということで、だから、そこがパリである必要もない、ということでもある。

本書で紹介されている人々は職業も経歴も、パリに来た経緯も、パリに留まっている理由も、まったくバラバラだが、唯一共通しているところがある。
それは、その時に「やりたいこと」があっても無くても、それよりも何よりも「今やらなければならない事」や「自分にできる事」を優先し、一心にやってきた、ということだ。
一心とはいえ、それは「真剣」とも「真摯」とも少しニュアンスが違う。
時には手を抜いたり、愚痴ったり、精神的に参ってしまったりしながら、それでも「今はそれしかない」という一心で続けてきただけのことだ(だからこそ、当人は「しょうもない」と言うのだ。それは卑下でも謙遜でもなく、本当に「しょうもない」と思っている)。

そんな人ばかりが紹介されているからこそ、本書は参考になる。
そして、一心に何かをやった結果(経過)としての人生を送っている彼ら/彼女らの話を読めば、「自分だってそんな人生を送っているんだな」ということに気づいて、とても勇気づけられるし、元気にもなれる。
本書はビジネス本のような実用書ではないが、自分が苦しいと思った時に読み返して、「明日も頑張ろう」と勇気や元気が出る、「心」に効くとても優れた実用書だ(電子書籍もある)。

そういえば冒頭で、「日々当たり前に働いて、その収入でできる生活」と書いたが、実はそれこそが一番難しい。
それは、パリでも日本でも、いや世界中どこだって同じだ。


ちなみに、本書が出版されたのは2010年だが、2022年現在、「パリで飯を食う。」で思い出すのは、もしかしたら、ひろゆきこと西村博之氏かもしれない。
彼にしても、プログラミングという「自分にできる事」を一心にやっていた結果として、現在があるのではないか(それは、ホリエモンこと堀江貴文氏も同様だろう)。
彼(ら)が、しきりにプログラミングを勧めるのは、自身の経験に基づくものだろうが、それ以上に、「自分にできる事」にするためのハードルが比較的低い(大きな投資や仲間が要らず、参考となる情報やソースコードが入手しやすく、結果がすぐわかり(実行すればすぐにわかる)、成長が自覚しやすい……など)からではないだろうか、と思ってみる。


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