アレのアレ~岸政彦・柴崎友香共著『大阪』より「大阪と大阪、東京とそれ以外」(柴崎友香)~

2023年11月初め、3連休に有給休暇を足して短い旅に出た。
休暇を足したのは、東京で観られなかった劇団☆新感線『天號星』の11月6日(月)の大阪公演チケットが幸運にも取れたからだ。
それはソワレ(夜公演)だったので、何かお昼の時間つぶしができないかと思っていたら、幸運にもそこから徒歩10分程度で行ける距離の劇場で『NOISES OFF』を上演していた。
ということで、折角だから前乗りすることにして、これも折角の大阪だからと、社会学者で作家でもある岸政彦(大阪在住)と、作家の柴崎友香(大阪出身)が交互に「大阪」についてのエッセーを綴った、その名も『大阪』(河出書房新社、2021年)を帯同した。

11月4日の大阪入りまでに3分の1ほど読み進めていたが、当地大阪では、旅程を組んだ時には予想だにしなかった「大阪ダービー」から「アレのアレ」に(かなり直接的に)巻き込まれてしまい、結局、本を開くことがなかった。

直接的に巻き込まれた顛末については詳しく書かないが、私が宿泊したホテルは阪神・近鉄線の難波駅すぐ近くで、つまり、御堂筋沿いで道頓堀というか戎橋に近く、部屋でノイジーのホームランに喜んだ直後に逆転を喫し、暫く膠着状態になったのを機に外に出た。
御堂筋には警察車両が驚くほどズラリと並び、戎橋には近づかなかったが、道頓堀は「アレ」とは無関係の外国人観光客でごった返し、結局どの店にも入れそうになかった。
仕方がないので辺りをフラフラ歩き、カウンター10席ちょっとしかないおでん屋を見つけて入り、やっぱり放送していた野球中継をぼんやり眺めていた。

道頓堀の北側は歓楽街で、おでん屋には店奥にあるテレビの前に縦縞のユニホームを着た中年男性2人組、その真反対の入り口側に私。隣は中年男性2人組とホステスらしき女性1人、どうやら同伴のようだ。
歓楽街と書いたが、それを象徴するのが、それ以外の客が出勤前であろうホストたちだったことで、テレビ前の2人(と私)以外は、野球に興味があるのかないのか、チラチラとテレビを見ながらも、それぞれの会話に興じていた。
ホストたちが帰った暫く後に試合が終わり、「アレのアレ」は翌日の最終戦に持ち越しとなった。
それを機に客が帰り、私も後を追うように店を出た。あっという間に店は空になった。

戎橋がどうなったのか気にはなったが、見に行こうとまでは思わなかった。
何度か行ったことがある近くのバーに入ると客はおらず、一人で切り盛りしているにいちゃんがソファーで横になっていた。
外の喧騒について興味なさそうだった彼だが、「実は、星野(監督)さんの時(2003年)、道頓堀に飛び込んだんですよ」と意外な告白をした。
10代後半で地方から大阪に出てきた当時、野球に興味がなかったのに、たまたま遭遇して、「まだ10代やったし、田舎から出てきたばっかりやったんで、おもろそうってノリで」ダイブした。
「汚いより臭いのがたまらんくて……それでどこの店にも入れてくれへんし。たまたま水巻いてたおっちゃんがいたんで、頼み込んで水だけぶっかけてもらって、臭いから電車にも乗れず、半日かけて住んでた部屋まで歩きました」
その後3日間、下痢と発熱に苛まれた……アホや

道頓堀で騒いでいる奴らは阪神ファンではない、とよく言われる。
実際、戎橋にいる連中のほとんどは試合を見ていない。
どんな気持ちで集い、どんな経緯でダイブするのか。
帰京して『大阪』を読み進めると、柴崎友香の「大阪と大阪、東京とそれ以外」にこう書いてあった。

1992年、阪神タイガースは新庄剛志や亀山努の活躍で優勝しそうになった。結局、最終盤にヤクルトに負けて優勝を逃すというまさかの結末を迎えた夜、わたしは高校の同級生たちとたまたまアメリカ村のカンテにいて(わたしの誕生日祝いに友だちがスカのレコードをくれたのを覚えている)、すぐ近くの道頓堀を見に行った。戎橋の上には大勢の人たちがいて、やけくその大声を張り上げて六甲おろしを合唱していた。そのうちに、盛り上がった人たちの中から、欄干に上る人が現れ、そして、川に飛び込んだ。続けて何人かが、群衆の声援を受けてジャンプした。
見ていると、かに道楽のわきから、飛び込んだ人が上がってきた。ワイシャツ姿でずぶ濡れのそのにいちゃんは、「あんなん言われたら飛び込まなしゃあないやんけ」とため息をついていた。そのとき、決して自分が目立ちたいからではなく、人の期待に応えようとがんばってしまうのが大阪の人なのだと思った。
2017年に、長塚圭史さんが演出をした「王将」の公演を観た。皆に担ぎ上げられて関西の将棋団体の代表になってしまい、その後は苦労続きで没落していく坂田三吉の姿に、あの道頓堀に飛び込んだにいちゃんを思い出し、大きなイベントがあるごとに経済が沈むと言われ、長いあいだ政治に翻弄されている大阪のあれやらこれやらの状況を重ね合わせてしまい、考え込んでしまった。

『人の期待に応えようとがんばってしまう』から、『経済が沈むと言われ』ているにも拘らず『長いあいだ政治に』上手くノセられ、『大きなイベント』を引き受けてしまう『大阪のあれやらこれやらの状況』…
だから、と、アホなコメンテーターならば、訳知り顔でアホらしい講釈を垂れてしまうのかもしれないが、何も事情を知らない他所から来た私はそんなバカではない(その数日前の渋谷・新宿のハロウィンの方がよっぽど奇妙だと、東京在住の私は思う)。

翌日の最終戦、御堂筋が、道頓堀が、戎橋がどうだったのかは知らない。
伝え聞くところによると、結構な賑わいで、やっぱり何人かはダイブしたらしい。

最初に『旅程を組んだ時には予想だにしなかった「大阪ダービー」から「アレのアレ」に(かなり直接的に)巻き込まれてしまい』と書いたが、このことではない。

直接的に巻き込まれた顛末については詳しく書かない。


いいなと思ったら応援しよう!