立川談志の「馬鹿の基準」(嫉妬と炎上)

嵐の二宮和也さん主演の『赤めだか』(TBS系)というドラマが、2015年の年末に放送された。

主人公は落語・立川流家元・立川談志……の弟子、談春。
地デジというのは、録画した後でもドラマの簡単な内容や出演者のデータを確認することができる。とても便利。

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ドラマの中で、談春は弟弟子にあたる志らく(濱田岳)が談志(ビートたけし)に気に入られていることに嫉妬している(実際もだが)。
ある日、志らくが談志直々に稽古を付けてもらっていると聞いた談春が、激昂して2階にある部屋に抗議に向かう。
階段を上がっていく途中、部屋から聞こえる志らくの落語に「うまい…」と驚き、立ち止まって聞きほれてしまう談春。志らくが一席終えた後、部屋から談志の「お前に嫉妬とは何かを教えてやる」という声が。
談志の言葉を聞き終えた時、談春は自分の嫉妬心を反省する……という展開である。

ドラマの原作は、2008年に出版された立川談春著『赤めだか』。
先のシーンは、原作ではこう書かれている。

翌日、談春ボク談志イエモトと書斎で二人きりになった。突然談志が、
「お前に嫉妬とは何かを教えてやる」
と云った。
己が努力、行動を起こさずに対象となる人間の弱みを口であげつらって、自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬と云うんです。一緒になって同意してくれる仲間がいれば更に自分は安定する。本来なら相手に並び、抜くための行動、生活を送ればそれで解決するんだ。しかし人間はなかなかそれができない。嫉妬している方が楽だからな。芸人なんぞそういう輩の固まりみたいなもんだ。だがそんなことで状況は何も変わらない。よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない現実は事実だ。そして現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、何故そうなったかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿と云う

志らくとつるむようになった。

立川談春著『赤めだか』(扶桑社、2008年初版)、P116「己の嫉妬と一門の元旦」
(※太字、引用者)

ドラマでは志らくに言った設定になっているが、談志のセリフは(一部の抜けや違った言い回しがされていたりするが)ほぼ原作のままである。

談志の云う「嫉妬」は、今のSNSやネット社会での「炎上」の構図に似ている気がする(当人たちに「嫉妬」の意識はないだろうが、あくまで「構図」として)。

評論家の宇野常寛は言う。

たとえば、タイムラインに流れてくる情報に対しほとんど脊髄反射的に反応して「発信」する人々は、あるいはニュースサイトが閲覧数目的で選ぶ扇情的な見出しに釣られタイムラインの「空気を読み」、週に一度生贄として選ばれた目立ちすぎた人や失敗した人に石を投げつける人々は果たして「思考している」と言えるだろうか。
もちろん彼ら自身は自分で事物について考えをめぐらし、自分の考えを発信しているつもりなのだろう。だがこうした人々の発信は驚くほどに一様で、そしてかなりの割合で情報の内容に対する検証を欠き、タイムラインの潮目を読んだだけの極めて表層的な内容に留まっている。だからこそ何ものでもない彼らは、その実タイムラインに流されるだけであるにもかかわらず、まるで、自分が内実を伴った意見を発信しているかのような、世界に素手で触れているかのような錯覚に陥ることのできるこの発信の快楽に溺れていく。そして、何ものにもなれない自らの人生を呪うことしかできない人々は、その現実から目をそらすための麻薬を用いることでより愚かに、凡庸に、そして卑しくなっていくのだ。

宇野常寛著『遅いインターネット』(幻冬舎、2020年)
P187-P188「第四章:遅いインターネット」
(※太字、引用者)

自分で事物について考えをめぐらし、自分の考えを発信しているつもり』の人々は「己が努力、行動を起こさずに対象となる人間の弱みを口であげつらって、自分のレベルまで下げ」、「一緒になって同意してくれる仲間」とともに『週に一度生贄として選ばれた目立ちすぎた人や失敗した人に石を投げつける』
それで「更に自分は安定する」(と思っている)。
ところがそういう人々は、「現実は事実」で「時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない」のに、「現状を認識して把握し」「処理す」る「行動を起こせない」ので、『何ものにもなれない自らの人生を呪うことしかできない』
だから、『より愚かに、凡庸に、そして卑しくなっていく』(『その現実から目をそらすための麻薬を用いる』方が楽だからな」)。

そういう人々を談志は、「俺の基準で馬鹿と云う」。


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