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パイパイイタイイタイナイナイバイバイ
1歳半になる息子は無類のパイ好きだ。
寝起き、食後、保育園帰り、寝る前、夜中。みんなこんなにおっぱい飲んだっけ?てくらい常に奥さんのパイを求めている。
もう完全に精神安定剤である。ラーメン屋の、のれんをくぐるかの如く奥さんの服を捲り上げ、そこに顔をねじ込んで力づくで吸ったりと、その楽しみ方もさまざま。
パイを吸いながら、エロ親父のように空いた手でずっとパイをモミモミしていたりと、なかなかの手くせの悪さだ。
少しずつ赤ちゃんじゃなくなっていく息子。
「ちょっと寂しいね…」
なんて奥さんと話している最中……
パイを飲んでいた息子が、オッパイをくわえたまま、おもむろに立ち上がりパイを吸い始めた。
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しかも奥さんの膝の上で、フラフラ感を楽しみながらおどけ飲みしてやがる。なんてやつだ。
またある時は、頭の後ろに手を回し、足を組み、一番リラックスしてる時ののび太のような体勢でパイを吸ったりと、もう何でもあり。
ボスベイビーの傍若無人なふるまいに愛情豊かな奥さんもさすがに疲れを隠せなくなってきた。
「ゴールデンウィークに卒乳する」
突然の卒乳宣言だった。
体重も10キロを越え、同じ体勢で息子を支えるのも大変になってきた。ダラダラとオッパイを飲んでいると虫歯にもなりやすくなるそうだ。
前からやりたかった顔のシミ取りもおっぱいあげているうちはできない。数日は夜泣きするかもしれないけど一緒に頑張ろう。
こうして卒乳チャレンジが始まった。
まずは息子に卒乳宣言。
「オッパイはもうナイナイなの」
「イタイ、イタイなの」
乳首にばんそうこうを貼り、それを見せながら、おっぱいはもう無いんだよ。と奥さんが息子にわかる言葉で説明する。
息子もばんそうこうを見て「イタイ、イタイ」と自分の頭をおさえた。
あまりに健気で抱きしめたくなる。どうやら伝わっているようだ。
それからずっと彼は我慢していた。
食事や水分をたくさんとったり、外でたくさん遊んだり、気を紛らわせながら本当に頑張っていた。
しかし、さぁ布団にはいろう。
というタイミングでそれは突然始まった。
お腹いっぱいご飯を食べて、ウトウトしていたのに、大切な何かを思い出したかのように突然奥さんの胸に飛び込み、パイに顔をうずめる。
「もうおっぱいはあげられないの。パイパイナイナイなの。ごめんね」
泣き叫ぶ息子を強く抱きしめながら、何度も何度も同じ言葉を繰り返す。
何よりも安心感を与えてくれるパイが飲めなくなる。という厳しすぎる現実に直面し、身体が萎んじゃうじゃないかというくらい、彼は大声で泣き叫び続けた。
尋常じゃない声の泣き声に、4人の兄弟も代わる代わるやってきては、頑張って。と静かに声をかけ、また自分の部屋へ帰っていく。
状況をみんな理解してくれているのだ。みんなも君が苦しんでいる姿を見るのは辛い。
20分ほど泣き叫び、体力の限界がきたようで、息子が奥さんの胸の中で眠りに落ちようとしていた。
涙が幾重にもなってこぼれ落ちたせいで、目からほっぺたまで真っ赤に腫れあがっていた。
目を閉じそうになると「絶対に寝ない」という強い意志で、何度も何度も夢の中から戻ってきた。
疲れ果て、黒目と白目が行ったり来たり……
5分ほど頑張ったが、ついにまぶたが落ちた。
眠りに落ちた瞬間…、口だけが鯉のようにゆっくり動きだした。
チュパチュパ……チュ、チュ、……
夢の中で一生懸命おっぱいを吸っていた。
息子が夢の中でおっぱいを吸っている音と、奥さんと私が啜り泣き鼻を吸う音が静かなリビングに響いていた。
彼の服は奥さんの涙でもうビチョビチョになっていた。顔を見合わせて息子と同じように2人とも泣き腫らした顔になっていることがおかしくて笑った。
みんな泣き疲れて泥のように眠りについた。
明け方、夢を見た。
チュパチュパ……息子が奥さんのパイを吸っている夢だった。
なんと安心感のある音だ。愛を育むさざなみのように優しい音。あたたかくて落ち着く音。
チュパチュパ……
チュパチュパ……
チュパチュパ……
ん、長ない?
ほんまに吸うとるんかーい!
暗闇で奥さんが、息子を抱え頭を優しく撫でながらパイをあげていた。
ビックリし過ぎて気付いたら私も三角座りになってその様子を見ていた。とても優しい時間が流れていた。
翌朝、奥さんが話をしてくれた。
昨日の感じだと、卒乳じゃなくて断乳になっちゃうから無理矢理にしたくなかったんだよね。
ある程度自然にやめられたらなと思ってたんだけどまだ息子くんは全然ダメだった。
あんなに泣いて求められたら、やめても後悔しちゃいそうだなと思って。しっかり覚悟してもらう時間を大切にしたい。
この切り替えの早さが、5人の子どもたちを伸び伸びと育てる奥さんの懐の深さなのだろう。
私も子どもたちもなんとも幸せものである。
今はまた夜までオッパイを我慢するチャレンジを始めている。風呂上がりにグズる息子に奥さんが根気強く声をかけていた。
パイパイナイナイなの。
バイバイするの。
もうナイナイなの。
それでもまだ服の間からパイを探す息子に少し熱くなったのか……
パイパイイタイイタイナイナイバイバイ!
パイパイナイナイバイバイだよ!
一生懸命になり過ぎて、もう秘境にある民族の呪文みたいになっていた。
みんなが笑い、それにつられて息子もケタケタと笑い出した。
卒乳したらまたみんなで泣き散らかすことになるだろう。
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