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世界を変えたかった十九、氾濫の二〇二〇

なにかを変えていきたいなら、実情を上手くするようなコツやノウハウ、小手先。そうして今目に見えているものをひとつずつ変えていくことで物事は解決すると思っていた。さまざまな情報が日々私たちのまわりを駆け巡る。テレビはA、ネットはB。ある人はC、この人はD。そうしていくうちに新たな情報は常に更新され、直に頭はパンクする。そうして思考でいっぱいになって、体や心に余裕がなくなる。何のために情報を得たのか。自身を混乱の渦に巻き込みたくて、こうなってしまったのか。そう次第になにがしたかったのか自分で分からなくなる。現在地がわからないから迷う。自分がわからないから現在地を捉えられない。結局自分がいないと、そんな情報に振り回されて人生が終わってしまう。

体感的にコロナ禍以前と以後、私の中で世界は大きく変わってしまった。ネットの進化、テレビの退化。有名人が発言していることだから正しい。有名人がいい!と言っているからこれはいいんだ。なんだか情報戦みたいだね現代って。声が以前より大きく聞こえるようになった。というより大きい声が必然と目立つ社会への移行期なのか。多様性が幅を利かせ過ぎたせいで、多様性に苦しめられている。自分たちの手で自身を苦しめる構図。現代の空虚感はここにあるのかな。あらゆる手を使ってでも、世界に"自分"を認めさせる。そうでもしなければ、人々は自分の安全を確保することができない。現代人の隙間はここにあるのではないか。流れてくるニュースの傍、ボーッと考えていた。でもこれって多分社会という限定された話ではない。自分と向き合うことが増えたからこそ分かること。自分を自身で認める方法を知らない。教わっていないから只々分からない。そんな感じで、周囲に自分を認めてほしくて、つい承認を他者に求めてしまう。そうして他者と関わって傷つけたり、傷つけられたりをくり返す。いくら世界に、社会に、ネットに、存在を認められたところで、自分の存在を自身がいちばん納得していなければ、心はどこかずっとさみしい。

自分を受け入れるということは、どんな自分でもいいのだと腹落ちして次に進もうと決め、歩みを止めないこと。休みたい時は思いっきり休んでいい。死を意識するほど逃げたい時は思いっきり逃げていい。ただ今この瞬間だけは、留まらないと後悔してしまう。そう感じるときは思いっきりその場で頑張ってみればいい。消し去りたい過去、現在の延長線上に自分は存在していないという未来。二つの交差で明かした夜。そんな日々は今日のためにあったのだと、いつかの私が笑ってあなたを手招きしている。こうしたいという姿が浮かんだ時点で、あなたはいつでもその姿になれる。未来の私が今のあなたに声をかけ続けている。いろんなメッセージが形を変えて、あなたにそれらを届けてくれる。

何かを変えたいときは内側をみつめること。外側をいくら上手くしたところで、表面を整えているだけに過ぎない。土台を強くしようとするほどに色づいていく。あなただけの色になっていく。土台は弱くなっても発光し続ける。弱くなって強くなって、弱くなって強くなって。そうして本当に揺るがない土台がいつのまにか完成している。その頃にはもう世界から自分たちにはない色として認識されている。世界はそうしてゆっくり変わっていく。一人一人の変化が世界を変える。ひとりが変われば世界が変わる。外界に踊らされて、自分がわからなくなった2020。拍車がかかり、余計迷子になった。暗闇の出口。だれも教えてくれない。頑張れと言われ続けた、なにをどうがんばればいい?そうしても尚、いつかの世界を変えたいと願ってやまなかった私へ。解はあなたの中にある。もう後四年もすれば、抜け出せるよ。逃げも隠れもしない、堂々した私にあなたは出会えている。そうして手招きしていたのは私だった。やっとだ。今からならどんな景色が観られるかな。どんな人といっしょにいて、どんな環境で過ごしていきたい?もうすぐ0地点。今後はおわりから遡って生きてみようと思う。どんな死を迎えたい?どう散っていこうか。死に方くらい自分で決めたい。いつも今が若い。毎日そう思う。いつ死んでもいいような生き方をしたい。でもいますぐ死にたいわけではない。死の執着ってなんだっけ。楽しみを後回しにしても、時が経てば旬は衰え、なにも感じなくなってしまう。取り溢すような感覚に襲われながら生きていくことの虚しさは、今この瞬間には決して代えられない。瞬間を楽しみながら渡り歩いた先に、私の望む死はきっとある。死が怖くないのは、この世の地獄よりはマシなところに移動するだけだと思っているから。この世にいる人たちとのお別れがかなしい。だから今を使って目一杯人と関わろう。大切な人たちと過ごせる今を。なにかあったときに気がつかなくてもいいように。今気づいて今大切にしよう。そうして癒されて、救われて、死を迎えることの自然さを引っかかりなく受け入れられるように。生まれ変わり。もう出会えないような気がする人たち。思いっきり手を振って、思いっきりまたねと言おう。後悔をこの世に残さない生き方は、今を楽しむこと。そんな生を今ならできそうな気がする。幾度も挑戦しては叶わなかったそんな生き方に。繰り返される輪廻の果て待っていたのは、今を楽しむことにあるような。そうした生を許されている。やさしい世界に守られている今を。はじめからやさしい世界だった過去を。来世に持ち越すことはなにもないように。そんな生き方を今世ではできるような気がして。いろんなものがメッセージとなって導いてくれる。それらを感じ取る余白を余韻を残しながら、日々を歩むこと。それだけでもういっぱい。


月のクレーター 彗星がぶつかった跡
跡も含んだ美しさ
人間にもいろんな跡があって
目を替えればすべて美しさ
202410101726

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