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走るのは。
『C'était un Rendez-vous』という映画がある。
1976年に公開された、フランスのクロード・ルルーシュ監督の作品だ。
英題は『It was a Date』、邦題は『ランデブー』。上映時間、8分ちょい。
わたしはこの映画が大好きである。観ていると冷や汗をかく。だから好きだ。
御託を並べず「ま、短いから観てちょーだい」と云うべきでありましょうが、自分が『ランデブー』に惹かれた経緯含め、簡潔に、想いの丈を書いてみるのも悪くはないのでは? ともおもう次第である。
というのも。
わたし自身、ひと様がしたためた感想文から映画鑑賞に入るタチの人間だからだ。
さて本作を知ったのは都市の貴公子たち御用達のマガジン「POPEYE」特別編集号。
その号には、各界の著名人およそ150人が、おのおの思い入れのある映画作品を挙げ、熱っぽく感想を吐露する、「僕の好きな映画。」という企画が載っていた。
そこに、堂々『ランデブー』を掲げる男性がいたわけである。
映画の題名や感想文執筆者が誰かを見てとるより早く、目に飛び込む文があった。
フェラーリがパリを爆走!
ただそれだけの9分間?
じつに、じつにさっぱりしたコピーである。トテモ自信に富んでいる。
それで彼の文章にも目が行く。するとどうだ、文章中に「!」が群生している!
よほど興奮作用のある映画なんだナ…と紙面からよくよく伝わってくる。
(前略)早朝のパリをハイスピードで、ただひたすらぶっ飛ばす! ノンストップ! 逆走&信号無視!…(中略)…「……、なーんだそりゃ」、と思っているキミ! 観れば言葉を失います。スリル満点、イチカバチかのワンテイクで撮った、9分間のドキュメント!…(中略)…大成功! そして逮捕! アレっ!? 撮影後、監督、逮捕! お蔵入りでーす! が、しかし今ではDVDにもなりました! おめでとう! 惚れたよ監督! バンザーイ! バンザーイ!(後略)
おうおう、なんだなんだ、樅山氏。楽しそうじゃねぇか。
理詰めに分析して、小声で「これは映画史に価値のある…」と書くより、燃える。
ハート印が「かわいいッ」と歓喜を呼ぶ記号とすれば、感嘆符は興奮を呼ぶ記号。
これだけでたちどころに感化され、奮い立つのがわたしである。観たい、トテモ。
『ワンピース』ばりに贅沢に感嘆符を盛り込んだ文章の熱気にあてられて、すぐさまわたしはAmazon経由で『ランデブー』DVDを購入した。海外からの輸送ゆえ、だいぶ時間を要したが、ディスクは無事手元にやってきた。
そして——観た。観てしまった。なるほど震えた。なるほど言葉を失った。
樅山氏が、かくも熱烈な言葉遣いを揮ったのも頷けるナア! と膝を打った。
監督がわざわざ腕利きのレーサーを雇ってまで撮ったものは、暴挙だ。暴走だ。
冒頭の短かいトンネルを抜けると、暴走だった。肝の底が冷たくなった。
早朝、パリ、中心部。いま、一台のスーパー・カーが駆け抜ける。
一言で言い表せるあらすじだが、明かしたところで本作は少しも霞まない。
全ての制動から解き放たれたレーサーが、アクセルによって語る灼熱な言語。
画面から吹きつけてくる熱風に瞠目すること、間違いなし。
制止を知らない車が走るのは、パリ中心部。
だからもちろん凱旋門もあるしルーヴル美術館だってある。
そして撮影に際して、誰の許可を取ったわけでもない。
したがって、たくさん歩行者もいるし、交通規制も敷かれちゃいない。
クラクションも鳴らされるし、パッシングも向けられる。
アウェーの風が吹きまくり、撮影どころじゃない逆境もクロードは笑い飛ばす。
史跡? 分かんない。
信号? 知らないね。
事故? 起きないよ。
速度? 見えないわ。
警察? 構わないさ。
なぜ? そりゃ、君に会うためさ。
撮影後は——樅山さんが書いているとおり——監督逮捕の沙汰に発展した。
監督がこの決着を予見できなかったはずはない。おそらく。
そういう厳しい末路を辿ることも含めて、彼は責任を引き受けた。たぶん。
彼は運転を担当したレーサーの名を、時効成立まで一切漏らさなかった。
そこまでして、阿呆を貫徹したのはなぜだろうか。
だって、フェラーリでパリを思うさま走りたかったから。
だって、そのほうが面白いじゃん?
彼の哄笑が聞こえてくるようである。
底の底まで、自分の欲求・衝動に忠実な生きざまは、観ていると清々しい。
市街地を蹴飛ばしながら首都へ驀進する破壊神ゴジラとか。
ひたすら「あの人」を追いかける女優・藤原千代子とか。
べつに、「善いか悪いか」ではない。
手元に原付があるからといって、じゃあ東京まで信号無視しよか、とは思わない。
みんなが欲望を剥き出しにしたら社会活動は寸断してしまう。
ただ、社会性や、オトナらしい体面を保つことに汲々とするあまりに縮こまり、視野が狭くなってしまうのは、ちと切ないところである。
そんなときこそ、特効薬として、彼らの「純粋衝動」に出合いたいものである。
想像上で、暴走しましょう。
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