マリオネットVSマリオネット

糸が、伸びている。
おれの指の一本一本から、無数に。
大人になればなるほど増えていって、もうすっかり数えられなくなっていた。

その先には人形が、マリオネットがいる。ニンゲンの骨と筋肉を持ち、ニンゲンの脳を与えられた、とても精巧な造りをしていて。でもちゃんとマリオネットだから、おれが小指を上げればそれらは左脚を挙げ、人差し指を折れば右腕を下げるのだ。

マリオネットは、踊ることを求めている。おれに操られて、美しく。
それらは自らの血肉から、自ら糸を造って、自らおれに差し出した。おれが人形遣いであることを知ったうえで、望んで。

そう、だったと思う。

この人形たちを上手に動かすことがおれの役割だった。どうすれば心地良く舞い、何をしてしまえば糸を切ろうと暴れられるのか。
それらはニンゲンの脳を持っていて、従属も反逆も自由に選び取るから。
うかうかはしてられない。眠ってなんて、いられない。


幸い今は、期待に応えられているらしい。
おれのマリオネットはいい子にしてくれている。大脱走をしたことも、きつく引っ張っておれの指を締めつけたことも、自分たちどうしの糸でめちゃくちゃに縺れたこともない。
マリオネットはおれを見ながら、にこやかに踊っている。
おれは歌を歌って、笑い返す。
するとまた、楽しそうにそれらは踊る。
そんなふうにおれは、人形遣いとして愛されるようになっていた。

いつから? ……どう、だっただろう。
そういえばおれは、この役割を誰に与えられたかも忘れてしまっている。

そうだなたまには、見下ろしてみよう。
幼い頃に教わった蹴伸びを思い返しながら、瞼の裏で地を蹴ってみた。
おや、と思った。
人形たちの指先からも、透明な糸が伸びている。一体一体、夥しい数の、おれと同じような、
いや、同じじゃないか。
そうか、当たり前だ。
あれは、これは、おれのものでもあるんだ。
そうだ、辿ればその先には、
ああ、おれだ。


そうだ、思い出した。


おれも、マリオネットだったんだ。


そうだ。
おれにこの役割を与えたのは、おれ。
この糸を造ったのも、おれ。
おれが、誰かに受け取ってほしくて、おれの血肉で造ったんだ。

そう、だっただろうか?


この糸は、どちらから先に伸びたものだっただろう。


おれは少し、めまいがした。
気づいてみれば窮屈だ。操られるなんてかっこ悪い。

どうしておれたちはこうして、互いを不自由に繋ぎとめている。
どうしておれはこうして、血肉すら犠牲に支配されることを選んだんだ。
滑稽だ。いつまで、続けるんだ。
おれは手に、数多の糸に絡め取られた指に向かって問いかけた。

切った方が、いいんじゃないか。


──どうしてだろう。
水を浴びた犬のように、おれは首を横に振っていた。



…………ああ。
そう、か。
そう、じゃなかったな。

切らなくても、いいんだよな。

このめまいを犠牲にしなければ、おれはたくさんの宝物を壊していた。
この宝物たちがなければ、おれはとうの昔に逃げ出していた。
この巨大な舞台から、飛び降りていた。
他でもない。
おれはおれ自身のために、おれの一部を宙に投げたんだ。


いつの間にか、おれの手を包んだおれはいなくなっていて。
代わりにぴいんと指を引かれる感触があって。
もう一つ思い出して、おれは笑った。

知っていた、ことだった。
差し出したのはおれだけじゃない。
おれが、おれの一部を放ったおれがそれでも満たされていたのは。
特別なことじゃなかったから。
交換こが、できたからだ。


おれたちは、人形遣いで、マリオネット。みんな、おれの知らないものもきっとみんな。選んで、両方を始めた。ここから落っこちないために、離さないために。自らの意志で、互いに向かって、一斉に糸を紡いだ。

この糸は、命綱。

そう。
おれは、間違ってなんていない。
おれたちが操り操られてきたことは、間違いなんかじゃない。
胸を張れ。
おれたちは、ここにいていいんだ。



ねえ。

今日もおれは踊るよ。おまえたちのために。
見ていてよ。操ってくれたっていいよ。全部奪われるようなマネはしないから。おれだって、人形遣いだから。操り返してやるさ。

構えなよ、おれたちは大丈夫。
ほら。
おいで。

一緒に人形劇を、続けようじゃないか。

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