まだ、君の光とならぬよう。
先日Twitterで『やまなし』の話をしたのをきっかけに、小学校の卒業文集の『やまなし』の作文をどうせ視野の狭いズレたことしか書いとらんのやろなと漁ってみました。ところが六年生の私、想像の遥か上を行く天才だったというか、「大好きだーーー!」ってなってしまったので、ぜひぜひ皆々様に共有させてください。
青空文庫はこちら。
宮沢賢治 やまなし
授業で頻繁に行われていた討論での出来事が中心に書かれています。伏字にしております、○○は私の本名、□□は当時論客として私と共にこのクラスに名を馳せていた男子たち、△△は討論をはじめ、二年間毎日素敵な授業をしてくれた、私の想像力の原点にいる担任の先生です。それらの伏字と明らかな誤字二ヶ所(こいつ「クラムボン」を「クランボン」って書いてやがった)以外は、全て原文ママです。
不思議で深〜いやまなし
最初は『?』がいっぱいだったけど、勉強していくうちに、いろいろなことが分かった。深い物語だった。
一番心に残った授業は、『日光が象徴していること』だ。私は『死』と考えた。と、ここで□□さん&□□さんの最強コンビから意見が。『やまなしが落ちてきた時も黄金のことがあったが、死んでいない』。なぜか□□さんが、「○○城が炎上していますよ!」とわけが分からないことを言っていた。私は、「やまなしだってこの後おそらく食べられるじゃないですか。つまり死ぬ、ということにつながります。」と言った。△△先生も味方してくれて、○○城の炎上がおさまった。最強コンビに勝ててうれしい。
やまなしには『クラムボン』や『イサド』など、不思議な言葉がたくさん出たが、それもほとんどやった。絶対分からないと思っていたけど、文を見たら、いろいろなヒントがちらばっていた。けれど、よく見ないといけないので大変だった。
本当に難しい授業だった。でも、いろいろなことが学べて、面白い討論もたくさんできてよかった。中学でも、学んだことを生かしてがんばりたい。
この先生のクラスの授業は国語だけでなく道徳、社会など、幅広い教科で討論を軸に進められていました。そして、ありがたいことに授業の内容を詳しく書いてくれていたある子の作文によると、この小学校生活最後の国語の授業の課題となった「やまなし」では、教科書換算七ページの物語で十二の議題について討論をしたそうです。一部を紹介します。
・作者は何人称視点で物語を進行しているか。+α 全知? 限定? 客観?
・作者は移動しているか。
・五月、十二月で最も重要な色はそれぞれ何か。
・対比されている色は何か。
・「クラムボン」とは何か。
・「イサド」はどんなところか。
・「光」「黄金」は何を象徴しているか。
・「やまなし」は何を象徴しているか。
宿題にするので、書いてきてください。←誰
視点を掘り下げた授業をしていた記憶はあったのですが、ここまで詳しく議論していたのだなあとびっくりしております。「全知/限定/客観」の分類は普通に今の私が勉強になったわ。
また、読み返して特に思ったのは、小学生の段階では作中の「食う/食われる」の関係を発見するのも案外難しいのではないかということです。
実際この関係を明確に指摘できていたのは、二十一人中私含め(どやっ)五人ほどでした(あくまで作文中の話なので実際にはもっといるかもしれません)。うち一人は「食物連鎖」という核心をついた表現をしていました。私に対して「○○城が炎上していますよ!」と煽ってきた□□くんです、もはやそう例えてくれたことを誇りに思います。
僕から教えておきたいことはただ二つ。
先生はきっとね、君のへたくそな語りに添え木をしてくれただけなんだ。「わけのわからない」と言っておきながら自分の名前を冠して造られた城を守ろうとした君にマルをくれたわけではきっとないし(ちなみになんて言って味方してくれたんだろう? それも書いておいてほしかったな)、そもそも探求に勝ち負けなんてないんだよ。
あとかぎかっこの使い方勉強しとけ。
君がいてくれてよかった、ありがとう。僕も過去の君のために、がんばるよ。
私の物語を読んでくださりありがとうございます。 スキやコメントをしてくださるだけで、勿体ない気持ちでいっぱいになるほどに嬉しいです。うさぎ、ぴょんぴょこしちゃう。 認めてくださること、本当に光栄に思っております。これからもたくさん書こうと思っておりますので、よければまた。