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終戦直後のSFに未来を見る/海野十三『海底都市』

SF作品の魅力

現代ではあり得ない未来の世界を描くのがSF(サイエンスフィクション)です。

今は技術的に不可能だけれど、遠い未来にはこうなっているに違いない…という作者のイマジネーションを楽しむもの。
しかし、全く未知の技術や文化について空想するのは、かなり難易度の高いことで、どこかしらに“現代の科学技術”と地続きの部分が出てくるように思います。

設定に説得力を持たせようと考えると、どうしても現代の技術を引き合いに出して、それが抱える問題がどのように解決されたのかを示す方法が有効になるのでしょう。

ドラえもんは、4次元ポケットからありとあらゆる便利道具を出してのび太くんを助けてくれますが、その動力は原子力だと設定されていました。

最近では、その設定は濁されるようになっているようです。

ドラえもんは1969年連載開始。

高度経済成長期の人々の目には、原子力は無限に近い魅力的なエネルギーとしてうつっていたのでしょう。

海野十三『海底都市』

今回紹介したいのは、「日本SFの始祖の一人」とされる海野十三による『海底都市』です。
発表は1947年。

海野十三はデビュー作である「電気風呂の怪死事件」や、私立探偵・帆村荘六(シャーロック・ホームズのもじり)を主人公にしたシリーズなど、探偵小説も多く手がけていますが、1930年代には軍国主義的なSF・少年小説を執筆しています。

1949年には亡くなっているので、『海底都市』は晩年の作品です。

終戦直後のSF

本作は、「僕」こと本間が、友人である辻ヶ谷虎四郎つじがやとらしろうの手を借りて、「未来へ旅行する器械」で20年後の未来を見に行くという物語です。

本間少年は、戦後の廃墟になった不二見台から、一転して豊かな20年後の世界に放り出されます。
そこは、もはや「貧乏」という概念はなくなったユートピアのような世界。


戦中に沈没した航空母艦はあえて引き上げず、過去の戦争を戒めるためのモニュメントとして海中に残してあるなど、戦争への反省や後悔が折々に述べられるのも時代を感じます。

その一方で、作者本人に染みついた“戦時中の感覚”をうかがわせるような表現もあります。

辻ヶ谷に未来の町を案内してくれるタクマ少年が身につけているのは「新やまと服」

身体にぴったりとついていて、しかも伸縮みが自在です。保温がよくて風邪もひかず、汗が出てもすぐ吸いとります。そして生まれながらの人間の美しい形を見せています。私たち若いものには、この服が一番似合うのです。

『海底都市』

吸湿性に優れた全身タイツということなのかと思います。
効率を重視し、かつ統一された美的感覚に基づいた服装が推奨されているというのは、戦時中の国民服が前提にある発想でしょう。

国民服/江戸東京博物館所蔵ポスター

海底世界

タイトルにある通り、未来の町では海底が大きく開発されています。
日本は戦争に負けて「せまい国」になってしまったけれど、その後人口が増大して、陸上には住む場所がなくなってしまいました。そのため、海底に都市を造ることが計画されたというのです。

使用されるのは、「原子力エンジン」

さらに、日本海溝に壁を設置して海水を排水し、大深海の資源を手に入れようという計画も並行して進められている様子。

東京湾に海底都市を設置する、日本海溝を埋め立てるなど、他国に干渉しない方向性ではありますが、行われているのは戦前日本が南進によって資源と土地を確保しようとしたのと同じこと。

海野十三が空想しているユートピアは、“戦時中の日本”と地続きであるように思われます。

現実世界の“20年後”

『海底都市』は1947年の発表、その20年後なので、描かれている未来は1967年ということになります。

実際の日本は、1968年にGNP(国民総生産)が資本主義国中で2位となり、米国に次ぐ経済大国になっています。1970年には、大阪万博が開催。

高度経済成長期のピークだったと言えます。

現実の20年後の日本は確かに「豊か」にはなっていますが、公害による大気汚染・水質汚染が深刻化し、地方の過疎化が進むなど、ユートピアとは遠い状態

丁度ドラえもんが連載開始される頃でもあります。

人間のイマジネーションは、完全には現実から切り離されて羽ばたくことはできないということでしょう。

過去を生きる我々にとって、未来は決して想像のつくものではありません。現在の自分の常識で考えても必ず裏切られるのだと思えば、肩の力が抜けて、時を重ねるのが少し楽しくなるかもしれません。

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いくは
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