【ひとりひとりが特別だった】⑤ータケシくんのこと
小学部4年生のタケシくんは、重度の知的障がいと自閉スペクトラム症の診断を受けています。
聴覚過敏のため、「イヤマフ」が手放せません。
触覚過敏のため、他人から触られることは苦手ですが、ふわふわしたものが大好きで、触らずにいることができません。
また、極端な偏食があるため、給食が苦手です。さいわい、牛乳とパンとご飯は好きなので、食べられるおかずがないときもなんとか乗り切っていました。
睡眠障がいもあり、昼夜逆転の生活が続くこともありました。
タケシくんは感覚過敏が激しいので、生活しているだけでもストレスだらけなのですが、それをことばで表現できないので、しょっちゅうパニックを起こしてしまいます。
顔を真っ赤にして泣きながら、そばにいる人を噛んだり物を投げたりしてしまいます。
実はことばは少し出るのですが、反響言語(ほかの人が話した言葉を繰り返して発声すること)が多く、意味がわかって使える言葉は限られているのです。
そのため、絵カードや写真カードを使って、最低限のコミュニケーションをとっていましたが、やはりそれには限りがありました。
私は、「もしタケシくんが『文字』を覚えることができたら、もっと語彙が増えるのではないか?もしかすると、絵や写真で伝わらないことが文字で伝えることができるのではないか?」と考えました。
「ことばが話せないのに文字なんて?」と不思議に思われるかもしれません。
けれども私はこんなことを思ったのです。
もしそうならば「会話よりも文字の方が学習しやすいのかもしれない」と思ったのです。
私は、タケシくんと一緒に、「絵」と「ひらがな」を合わせるジグソーパズルをやってみました。
パズル遊びはこんなふうにやります。
たとえば私が「リンゴ」と言いながら、タケシくんに「りんご」と書いた文字のピースを手渡します。
タケシくんは、そのピースがパチッとはまるところを探してパズルを完成させます。
そうすると、「リンゴの絵」の下に「りんご」の文字が書いてあるピースがはまることになります。
タケシくんはパチッとはめる感覚が大好きで、来る日も来る日も一緒にしようとせがみました。
ある日のこと、タケシくんが突然、キラキラした目で私の顔を見つめ、満面の笑顔で、「お・お・か・み! お・お・か・み!」と言いながら立ち上がり、ぴょんぴょんと跳ね始め、私の手を引いて、黒板の前まで連れていき、黒板をポンポンとたたきます。
『ここに書いて!早く!早く!」と言っているようです。
私が試しに、黒板に「おおかみ」と書くと、もっともっととせがみます。
書くたびにきゃっきゃと笑って、跳ねまわります。
黒板中が「おおかみ」だらけ。
そう、たけしくんは、音と文字が一対一で対応していることに気づいたのです。
「お・お」と同じ形のものが二つあるときに、「お・お」と同じ音を2回言うのだ、ということに彼が気づいた「瞬間」でした。
私は、タケシくんと両手をつないでぐるぐる回りながら、ぴょんぴょん跳ねまわりました。
全てのひらがなが読めるようになったころ、私はタケシくんに「分類ゲーム」をしてみてもらいました。(絶対できない、と思いつつ)
「分類ゲーム」とは、「ごはん」「くるま」「いぬ」「ぱん」「ふね」「ねこ」など、物の名前をひらがなで書いたカードを、「どうぶつ」「のりもの」「たべもの」と書いた箱に分類して入れるゲームです。
なんとタケシくんは、初見で一瞬にして分類してしまったのでした。
本当は、タケシくんは、「物には名前がある」ということや、「それがどのような概念の物なのか」をずっと前から知っていたのでした。
けれどもことばで表現したり、耳から入ることばを処理したりすることが苦手なために、周りの人間が気づかなかった、ということです。
心の中に豊かなことばを持っていたタケシくんに、私はようやく気付くことができたのでした。
私の文字指導は無駄ではなかったようです。周りの大人が、タケシくんを理解するために。
そしてもう一つ無駄ではなかったと思えたことは、高等部に入ったタケシくんのお母さんから「今のタケシの楽しみは読書なんですよ」とお聞きしたことです。
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