書籍レビュー『解錠師』スティーヴ・ハミルトン(2009)運命を狂わせる類まれなる才能
かわいらしい表紙に惹かれて
本書の表紙を見た時に、
ビビッとくるものを感じました。
これまでに
表紙やタイトルに惹きつけられて
思わず手に取った本が
ものすごく自分に合う本だった
というのは、何度かありましたが、
これもまたそんな一冊でした。
『解錠師』とは、
なんとも渋いタイトルですが、
表紙のかわいらしさが
それを中和している印象ですね。
原題は『The Lock Artist』、
つまり、あらゆる鍵を
芸術家(アーティスト)のごとく、
解いてしまう金庫破りの話です。
彼は決して
「話す」ことができない
主人公のマイクルは、
刑務所の中にいます。
刑務所の中で、
自身の半生を綴った文章が
この物語なのです。
マイクルには、
大きな特徴がありました。
それは
「声を出して喋ることが
一切できない」
というものです。
これは本作の根幹をなす、
大事な設定と言えるでしょう。
なぜならば、
喋ることができないのは、
他の登場人物とのやり取りにおいて、
大きな障壁となるからです。
時には、マイクルが
声を出せないことによって、
自身の命を脅かす場面すら
出てきます。
そして、彼は生まれた時から
喋ることができなかった
わけではありません。
マイクルが8歳の時に起こった、
とある事件がきっかけで、
声を出せなくなりました。
前述したように、本作は
主人公・マイクルの
半生を辿る内容ですが、
物語に出てくる順序は、
年代順にはなっていません。
本作で描かれている物語は、
おもに二つのパートに
わけることができます。
それは、彼が
「解錠師になるまで」と
「解錠師になってから」の
二つの年代です。
この二つの年代を
交互に行き来し、
物語は進んでいきますが、
彼がどうして喋ることが
できなくなってしまったのかを
読者が知るには、
物語の終盤まで
読み進めなければいけません。
これが非常に興味を
そそる内容なんですよね。
運命を狂わせる
類まれなる才能
学生時代のマイクルは、
二つの能力を発見します。
一つは「絵を描くこと」で、
彼はその類まれなる
記憶力でもって、
一度見たものを正確に
描写することができるのです。
学校では美術クラスを専攻し、
その道に進む可能性も
充分にありました。
彼の運命を狂わせたのは、
もう一つの特技です。
それが「鍵開け」でした。
ある時、彼はたまたま
古道具屋で手に入れた
南京錠を分解し、
そのしくみの虜となりました。
そんなことを繰り返しているうちに、
マイクルは独自の解錠方法を
見つけてしまったのです。
マイクルがあらゆる鍵を
開けることができるのを
知った者たちは、
それを悪用しようと、
マイクルに近づいてきます。
不思議なことに、
悪用しようとする者は、
次から次へとマイクルに
引き寄せられてくるんですね。
マイクルが今、刑務所にいるのも、
そんなことの積み重ねが生んだ
結果に他なりませんでした。
しかし、そんなマイクルにも
この能力があったおかげで、
大切な人と出会う
きっかけもできました。
それが、のちにマイクルが
想いをよせることになる
アメリアとの出会いです。
マイクルがアメリアと
出会ったのは、
クラスメイトたちとの
いたずらで他校の生徒の家を
ピッキングしたのがきっかでした。
運悪くマイクルだけが、
このいたずらの犯人に
仕立て上げられてしまい、
彼は保護観察を受ける身となり、
被害者の家に毎日、
労働しに行くことになります。
その家に居たのが、
アメリアだったんですね。
アメリアとの出会いは、
最初から好ましい状況では
ありませんでした。
もちろん、マイクルの方は、
最初からアメリアに
一目ぼれしていたんですが、
何せ、マイクルは
喋ることもできない、
家に不法侵入した、
ならず者という扱いです。
そこからマイクルが、
どのようにして、アメリアと
近しい関係になっていくのか、
この辺りの物語は
読んでいて胸が高鳴る、
甘酸っぱい青春の香りがします。
アメリアとの出会いは、
その後のマイクルの生きる糧
となる重要な話です。
いろいろ書いてきましたが、
とにかく、さまざまな魅力が
盛りだくさんの作品で、
とても一言では、
魅力を言い表せません。
作中でマイクルが声を
発することはありませんが、
彼の心の声は物語の中に
余すところなく収められています。
その心の純真さ、
真っすぐな心に
思わず胸が打たれるシーンが
何度も出てくるのが
本作の大きな魅力です。
マイクルは、今までに読んできた、
どんな物語の主人公よりも
共感できる部分が多い、
青年でした。
なにせ、この物語には、
聴こえるはずのない彼の声が
包み隠さず書かれているのです。
【書籍情報】
発行年:2009年
(日本語版2011年/文庫版2012年)
著者:スティーヴ・ハミルトン
訳者:越前敏弥
出版社:早川書房
【著者について】
’61年、アメリカミシガン州生まれ。
’98年、『氷の闇を越えて』でデビュー。
同作品で、エドガー賞 処女長編賞、
シェイマス賞 新人賞を受賞。
‘11年、『解錠師』で
エドガー賞 長編賞を受賞。
IBM に勤める兼業作家である。
【同じ著者の作品】
【エドガー賞 長編賞受賞作品】
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