「頭がいい」とはどういうことか
自分が読んだことのある本を、フォロワーさんが紹介されているのを見ると嬉しいです。
「おっこれは!」ってなります。
というわけで今回は、
毛内 拡 著『「頭がいい」とはどういうことか ―脳科学から考える』
をご紹介いたします。
「勉強ができるのと、頭がいいのは別だ」
「いくら勉強だけできても、頭が良くなければ社会で生き残っていけない」
みたいなことを昔からよく聞かされました。
確かに、勉強という尺度と「頭が良い」という尺度は別物だというのは分かります。ただ、全く相関関係がないと断言してしまって良いんだろうか?という疑問がずっと私の中に残っていました。
本書は哲学の本ではなく脳科学の本なので、「頭がいい」の言葉の定義について考察する本ではありません。
また本書を読めば頭が良くなる、という類のハウツー本でもありません。
「頭がいい」というのは、記憶力が高いとか創造性があるとか感受性が豊かとかいろんな能力を含みますが、それらがどんな仕組みで良くなるのかを脳科学の観点から解説した本です。
能動的に経験しなければ脳は正常に機能しない
歩行を極端に制限された状態で育った動物は、目は見えているにも関わらず正常にものを見ることができないということが実験によって明らかになりました。
脳を正しく働かせるためには経験が必要で、それも能動的に動かなければならず、たくさんの試行回数と失敗を繰り返すことが重要となります。
幼少期から子守歌のように英語を流していれば、その子は英語をペラペラ話せるようになるか?というと、それだけでは難しいようです。
脳にはアストロサイトと呼ばれるグリア細胞があります。
アストロサイトの役割は脳の中の老廃物を除去したり、脳内環境を一定に保ったり、脳の情報処理にも関与しています。
頭の良さに関係するアストロサイトが活性化するのは、ピンチに陥った時です。
例えば低血糖、低酸素、低血圧などの物理的な障害を受けている状態や、強い情動喚起が生じるような新奇体験など。
予想できないタイミングで脳に非日常感を味わわせ、生命の危機がない程度に脳をピンチに陥れるのが効果的なようです。
例えばたまに海外に一人旅に出かけてみるとか、家の近所でもいいので道に迷ってみたりするのは脳疲労回復の観点からも良いそうです。
忘却は、記憶と同じくらい重要なもの
「エビングハウスの忘却曲線」という有名な曲線があります。
記憶したものの半分は2時間で失われ、6日も経てば7~8割忘れてしまうというものです。
忘れたと思っていても、復習して再び思い出すことで忘れる速度を緩やかにできるということもわかっています。
忘れると言うと、記憶が欠けて失われていくイメージがありますが、実はちょっと違います。
忘れるプロセスの大部分は、過去の記憶が新しい情報を妨げたり、新しく学ぶことで古い情報にアクセスしずらくなることによって引き起こされます。
記憶は「減衰」とか「欠落」したりするのではなく、別の記憶の「干渉」によって忘却が起こる、ということです。
私たちは記憶をカテゴリーに分解して整理しています。
整理することで記憶のアクセスの効率化をはかっているというわけです。
この記憶の整理化によって、記憶が曖昧になったりすることがあります。
「自分は記憶力が悪い」と思う人は「記憶の整理化が行われているのだ」と前向きに考えるのもアリかもしれません。
もっとも記憶力が悪くていいと開き直るのではなく、記憶は信頼の置けないものと理解した上で、復習したりメモしたりするといった工夫は欠かせません。
失敗を許容する社会でなければいけない
試行錯誤を繰り返し、脳の予測モデルを刻々と変化させることで脳は成長します。
本当に賢い人とは、受け入れ難い困難を前にしても努力を続け、粘り強く挑戦する人です。
「失敗したことない人に安心して投資することなどできない」と言われる国があるそうです。
失敗が経験となって脳が成長していくと思えば、失敗をしたことがない人というのは未熟と言えます。
映画の結末だけをサイトで知り、小説の要約動画を2倍速で見る「タイパ重視社会」では、社会全体が効率的であることをよしとしています。
確かに「失敗」は非効率的ですし、人を育てるというのは非常にタイパが悪いことです。
しかしAI時代に必要とされる知性というのは、明確な答えのない課題に粘り強く取り組んでいくことだと著者は主張します。