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『理論的思考とは何か』感想:目的に応じて思考法を選択する

理論的思考法は一つではない

渡邉 雅子 著『理論的思考とは何か』を読みました。

何をもって理論的と感じるのか?というのは、国によって違います。
理論的に思考する方法は一つではないのです。

世界共通の理論的思考方法があるのではなく、いくつかの型を示すことが可能です。本書では

  • 「経済」(アメリカ型)

  • 「政治」(フランス型)

  • 「法技術」(イラン型)

  • 「社会」(日本型)

の4つの思考法に分けて説明しています。

論文の書き方やビジネスの指南書でよく示される「理論的思考」は、アメリカ式エッセイです。しかしこのアメリカ式の思考法で押し通そうとすると、理論的思考の落とし穴にはまる恐れがあります。
そこで本書がすすめるのは、目的と場面によって、4つの型を使い分けようというものです。

合理性は2つに分けることができます。
「形式合理性」と「実質合理性」の2つです。

  • 形式合理性:決定済みの目的に大して、最も効率的な手段、あるいは理論上確実な手段を選択する合理性。

  • 実質合理性:「何が行為を決断するに値する価値を持つ目的なのか」という目的の判断に関する合理性。

マックス・ウェーバーの理論らしいのですが、私はこの「形式合理性」と「実質合理性」がさっぱり理解できませんでした。
というわけでChatGPTに聞いてみました。


分かりやすい例:結婚式

  • 形式合理性:式次第に沿って進行する(誓いの言葉や指輪交換など)。

  • 実質合理性: 新郎新婦や参列者が心から納得し、思い出深い内容になっているか。

身近な言葉で

「実質合理性がある」というのは、「やってることが現実に合っていて、ちゃんと役立っている!」という状態です。
一方、実質合理性がない場合は、「形式通りだけど、これじゃ全然意味ないじゃん!」となることがあります。


めちゃくちゃ分かりやすい……!
ChatGPTを使っていて初めて感心したかもしれません。

これら2つの合理性に、目的と手段のつながりが「個人の主観」によって決まるのか、あるいは「集団によって客観的」に決まるのかという指標を加えて交差させると4つの領域ができます。
これらの領域に経済、法技術、社会、政治を位置づけたものが下の図になります。

合理的行為の四類型と4つの領域

経済の理論―アメリカのエッセイ

経済領域は、効率的に最大限の収益を上げることを目的とします。
構成は、

  • 序論:主張

  • 本論:主張を支持する根拠

  • 結論:主張を別の言葉で繰り返す

「私は……と考える。なぜならば……」という、結論を先に述べ事実で論証するエッセイの型は、余分な情報を切り捨てます。ビジネスにおける世界標準のコミュニケーションの型ともなっています。

政治の理論―フランスのディセルタシオン

政治領域のレトリックは、慎重な政治的判断を行うために「十分な審議が行われたか」が重要な観点となります。

  • 導入:問題提起など、全体構成の提示(例:国家への服従は常に義務か)

  • 展開:弁証法

    1. 定立「なぜ国家への服従は常に義務であるのか」

    2. 反定立「なぜ国家への服従は常に義務とならないのであろうか」

    3. 総合「なぜ国家への服従は常には義務ではなく、意思でもあるかもしれないのだろうか」

  • 結論:結論、まとめ、次の弁証法を導く問い

弁証法に馴染みのない日本人にとって、ディセルタシオンの展開はイメージしにくいです。弁証法の流れでは、問いに対して「はい/いいえ」の立場を取って論証するのではなく、両方の立場を論証します。
ディセルタシオンでは「私がどう考えるのか」という書き手個人の意見や体験、感情は全く意味を持たないようです。

法技術の理論―イランのエンシャー

法技術領域のレトリックでは「真理か否か」が重要になります。

  • 序論:主題の背景

  • 本題:主題を説明する三段落

  • 結論:全体をまとめ、ことわざ・詩の一節・神への感謝のいずれかで結ぶ

イランの「エンシャー (انشاء)」は、ペルシャ語で「作文」や「文章を書く」という意味を持つ言葉です。学校教育の中で特に使われ、学生がテーマに基づいて文章を書く練習をする活動を指します。

エンシャーの例文と、例文にある言葉遣いや構造をできるだけそのまま反映した直訳をChatGPTに聞いてみました。


テーマ: 私の好きな季節

ペルシャ語の例文: من فصل زمستان را خیلی دوست دارم. در زمستان هوا سرد است و معمولاً برف می‌بارد. وقتی برف می‌آید، همه جا سفید و زیبا می‌شود. من و برادرم در حیاط برف‌بازی می‌کنیم و آدم برفی درست می‌کنیم.
زمستان همچنین زمانی است که شب‌های طولانی‌تری دارد و من می‌توانم در خانه کتاب بخوانم یا فیلم‌های جالب تماشا کنم. یکی دیگر از دلایلی که زمستان را دوست دارم، تعطیلات سال نو است. ما در این زمان با خانواده و دوستان جشن می‌گیریم و غذای خوشمزه می‌خوریم.
زمستان برای من فصل آرامش و شادی است و همیشه منتظر آمدنش هستم.

直訳の日本語訳: 私は冬の季節がとても好きです。冬には空気が寒く、たいてい雪が降ります。雪が降るとき、すべての場所が白く美しくなります。私と弟は庭で雪遊びをして、雪だるまを作ります。
冬はまた、夜がより長い時期であり、家で本を読んだり、面白い映画を見たりすることができます。私が冬を好きなもう一つの理由は、新年の休暇です。私たちはこの時期に家族や友達と一緒に祝って、おいしい食べ物を食べます。
冬は私にとって平和と喜びの季節であり、いつもその訪れを待っています。


西洋を中心とした現代の多くの国で重視されている「論証すること」は、イランの作文には馴染みません。
社会で練り上げられたことわざや、この世の経験を昇華させる詩の一節、そして神の為したこの世界のことがらはもはや議論する必要もない客観的な真理として存在しています。
長い時間をかけて継承されてきたこの世の心理と、神が示した真理が世界を意味づけ保障してくれるならば、人間がそれを論証する必要はないのです。

社会の理論―日本の感想文

社会の理論で重視されるのは「共感」です。
社会領域のレトリックを体現するのは、日本の感想文です。
感想文の型は、

  • 序論:書く対象の背景

  • 本論:書き手の体験

  • 結論:体験後の感想=体験から得られた書き手の成長と今後の心構え

よく知られている小説のレトリックに「起承転結」がありますが、これは感想文にも有効です。
感想文は自己の成長の物語です。
事実や体験したことをだらだらと羅列しただけではただの記録にしかなりませんが、そこに自分がどう感じたか、ものの見方や考え方がどう変わったかが書かれればそれは感想文に変化します。

日本では結論をあえて曖昧にする社会的な要請があるために、日本人は論理的に考えることが苦手であるという印象を持たれがちです。

経済領域の理論に馴染んだ人からすると、体験から感想を引きだす社会原理の感想文は、「意見や主張」と「事実」を明確に分けていないようにみえます。

世界共通で不変の論理的思考があるわけではない

理論的思考は目的に応じて形を変えて存在します。
世の中には「論理的思考/ロジカルシンキング」に関する書籍が溢れていますが、それらは経済(アメリカ式のエッセイ)の理論に偏っています。

理論的思考を使いこなせるようになるためには、断片的なハウツーを方向性もなく学ぶよりも、「目的は何か」、その目的のためには「どの思考法」が良いのかを考えることが重要でしょう。

とは言っても、実際に行うのは容易ではありません。
ただでさえ私を含めた多くの日本人は理論的思考に苦手意識がありますし、フランスのディセルタシオンやイランのエンシャーには馴染みがありません。
しかしそういう理論的思考があるんだということを知っているだけでも全然違います。
「認識」を変えることで、複雑で困難な時代の対処法のみならず、次の時代に中心となる領域の理論とはどのようなものかを積極的に考えることができると著者は言います。

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