営業マインド&スキルエンパワーメントストラテジー#03 「もう一つの戦略」を知らずに戦いを挑んでいないか?
「彼を知り己を知れば百戦殆からず」
あまりに有名な孫子の一文である。
前節#02では、自社の戦略を認識することの重要性を説いた。
しかし、「もう一つの戦略」を見落とすと、よい結果にたどりつくのは難しい。
つまり、「もう一つの戦略」とはお察しのとおり、「クライアントの戦略」である。
冒頭の孫子の言葉は、この一文だけが有名なので、ついこの一文のみで真理を説いているように考えられることもあるかもしれないが、実際にこの一文には前後があって、前半があり、後半の三文を導いている。
このまとまりで初めて「兵法の妙」である、ということは付け加えておく。
なので前半も俎上に載せたいところだが、冗長になるのでここでは敢えて後半の三文だけを。
彼を知り己を知れば百戦殆ふからず。
彼を知らずして己を知れば一勝一負す。
彼を知らず己を知らざれば戦ふ毎に必ず殆ふし。
ここで誤解してはいけないのは最初の一文の「百戦あやうからず」である。
いろいろ調べると、「必ず勝つ」「絶対負けない」というニュアンスで解説している人もいるようだが、
実は、「勝つ」とは言っていない。当然、「負けない」とも言っていない。
「あやうからず」である。
危機的状況に陥ることがない、万が一負けても、再起不能になるようなことはない、というくらいに理解してほしい。
そしてここで重要なのは二文めだ。
「一勝一負」する、というのだ。
敵を知らなくても、「勝てる、っちゃあ勝てる」のだ。
もちろん、「同じくらい負けることにもなるけど」と説く。
それを受け、三文めは「戦ふ毎に必ず殆ふし」という。
これも「必ず負ける」と言っていない。
「勝こともあるけど、そんなの勝ったうちに入らず、危機的状況にいつでも落ち込んでしまう状況だ」というのだ。
さて、これは「営業」においても真理である。
「クライアントを知り」、「自社を知って」いれば、ニーズもシーズもマッチさせて提案ができ、課題にフィットしたソリューションを提案できる。
つまり、「最善の手を打てる」ということだ。
「クライアントを知らず」、「自社を知って」いれば、自社の持つ商材が得意先にフィットすれば、提案は成功する。
「クライアントを知らず」、「自社を知らず」に動く、ということは、「無策」で突撃するしかないのである。
企業がありたい姿、あるべき姿を得るために、まずどこへ向かおうとしているか、まず何をもって社会にインパクトを与えていくか、という「戦略」はクライアントも当然持っている。
その「戦略」にフィットした商材、つまりは、戦略を前に進めるために意味のある商材でないと、クライアントにとっては価値は見いだせない。
クライアントも戦略を持っている、ということは当然、戦術が編み出されているはずである。
その戦術をクライアントが実行するにあたり、有用な武器=ソリューションを提案することがまさに「フィット」なのである。
自社の戦略を認識していれば、そこから導き出された戦術から、前線で主力として使う武器=ソリューションは想定できる。
クライアントの戦略を認識していれば、その戦略の推進のためにどんな戦術を必要とするか想定できる。
そこで自社の武器がフィットしているかを確認し、フィットしていればそのままハメ込めばよいし、フィットに及ばなければチューニングして提案していく。
つまり、武器商人の思考回路でソリューションを模索するのである。
ただ、「あやうからず」なので、惜しくも受注を逃すこともある。
しかし、まったくピンボケの提案をしたわけではないので、致命的な失注ではない。次につながる失注であり、クライアントは戦略・戦術にフィットした提案に対して当然高い評価を与えるであろうから、信頼を得られるのは間違いなかろう。
ここで注意しないといけないのが、前述の孫子の二文め、三文めである。
クライアントを知らなくても、「勝つことがある」のだ。
ここで落とし穴となるのが、クライアントを知らず、自社を知って仕事を得ると、自社の戦略が「是」となってしまう、ということだ。
したがって、仕事を継続的に得るためのチューニングを怠り、提供する商材の価値は下がっていく。
ましてや、クライアントの方向転換などあろうものなら、ついていけず、次は「負ける」のである。
クライアントの戦略も自社の戦略も知らない「突撃」は、時に強力な突撃力を持っていれば、つまり運よく自社の持つ商材がフィットすれば「勝ててしまう」。
しかし、突撃後、運よく突破に成功したものの、疲弊した部隊が敵地で孤立した状態で陣地を築いたとして、その陣地は長くはもつものではない、というのは簡単に想像できる。
そして、当然、「ほぼほぼ負ける」のだが、クライアントからすればピンボケもピンボケ、ただの押し売り、と思われての敗北なので、未来はない。
このタイプの敗北で貼られるレッテルをはがすのは非常な労力が必要になる。
「クライアントを知りにいくこと」を怠ると、それ以上にエネルギーのかかる「敗北を取り返すこと」に力を使わなくてはならなくなるのだ。
重要なのは「営業は往々にして『勝ててしまう』ことがある」ということを認識して、自省し、
「ちゃんとクライアントを知りにいっているか?自社を知りにいっているか?」
「クライアントを知った上で得た勝利なのか?」
と自身に問うことを忘れないことなのだ。
マネージャーは部下の受注が伸びない原因を「営業力不足」として、部下を叱咤するのではなく、
「本当にターゲットクライアントを『知って』いるか?」と部下と共に自問することをおススメする。
営業力=突破力のようにしてしまえば、孫子の三文めの結末に陥る。
営業力というのは、さまざまな力が結集した結果、「仕事を取る力」となるのであるが、
その要素の一つ、「知りにいく力」の占める割合が大きいのは間違いないだろう。
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とある酒の席。
とある営業部長が、
「『得意先を恋人だと思え』っていうじゃねぇか。そんないい話じゃねぇよな。得意先はこっちのこと、そもそも好きじゃねえんだから。メリットあるから相手してやってもいいよ、くらいなもんだぜ。」
とのたまった。
言い得て妙だ。
それを聞いて部長の後輩が笑って答えた。
「『得意先は奥さん』ですよ。部長、奥さんに愛想つかされないように、奥さんが好きな旅行に毎年連れて行ってるし、誕生日は花を買うんでしょ」
それを聞いた部長は
「わはは!その通りだ。俺は懸命に嫁さんのことを知ろう知ろうと努力してるのに、嫁さんは俺のことを旅行代理店か花屋か、業者にしか思ってねぇな」
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一発デカい仕事より、継続受注の仕事のほうが尊い、と個人的には思う。
さてさて、知れば知るほど、営業は深い。
前節、今節と「戦略」がテーマとなったが、次回は戦略から編み出される戦術を実践する武器となる「ソリューション」について考えてみよう。