個性とは何か?
「東大に受かったって、お前……すげぇな!」
僕は今日まで、そういう人を「そういう」目線でしか見れなかった。
雨温図の動画をUPし終えて一息つく。
なにげなくそのままYouTubeの動画を漁っていたら、ある元漫画家の「一見、上手なイラストもプロが見れば…?」というシリーズを見つけた。
どうも、視聴者から送られてきたイラストを添削するような内容らしい。実際にペン入れをしたり、トーンを貼ったりして、イラストを仕上げていた。
本人はそのことを、「仕事をしている」と表現していた。
ふと、僕の塾に通っている中学生の女の子のことを思い出した。塾の休み時間に絵を描いている、普通の女の子だ。たまに夢中になりすぎて、授業がはじまっても描きかけの絵を机に出しっぱなしにしていて、注意したことがある。話をしてわかったことだが、その女の子は絵を描くのが好きらしい。
僕はそれを思い出し、「YouTubeでこんなことやってる人がいるから、見て参考にしてみたらどう?」と勧めてみようと考えて、その元漫画家のことを少し調べた。昔、週刊少年誌に連載していた人で、現在はペガサスハイドと名乗っていた。
試しに1つ動画を見て、僕はすぐに、個性的なペガサスハイドというキャラクターに惹かれた。まず性別がよくわからない。下ネタを連発する。そして、ものすごく絵がうまい。元漫画家だから当たり前だが、素人から見たらものすごかった。
そして、プロならではのアドバイスが、全くもって、その通りだと頷けてしまったのだ。
「腕を上げたら、肩も一緒にあがる。」
「足はからだの全体重を支えるのだから、もっと太くて長い。」
「服は重力に従ってシワができる。」
「鼻の形にこだわることは、言われてできることではない。」
視聴者の絵に対する褒めや修正点が的確なのだ。
御年50歳らしい。長年の経験から来るものなのか、才能がある人とはこういうものなのか、若造で凡人の僕にはわからなかった。
ペガサスハイドの「一見、上手なイラストもプロが見れば…?」シリーズを次々い見ていった。その中で、印象に残ったトークがある。
「画力が高くないとプロになれないと思っている人がいるが、それは間違いだ。画力があったって何の意味もない。”お絵描きという視点”で物事を見ているから、そのことに気づけないんだ。」
……はじめはよくわからなかった。
しかし、その後の例えを聞いて、理解し、同時に衝撃を受けた。
「例えるなら、進学校でもないある高校から、東大合格者がでたら、その人は、周りの人からすごいねって、もてはやされるだろう?
しかし、見方を変えると、東大に合格したことは全く自慢にならない。東大に合格した人は、東大の中で暮らすのだから、当たり前だが、そこには東大合格者しかいないのだ。
みんな頭がいいのだ。だからその人にとって、頭がいいことに価値はない。
漫画の世界も同じだ。画力があることは、絵が描けない人たちの中ではすごくても、マンガ業界というところには、絵が描ける人がそこに来るわけだから、画力があるのは当たり前だ。武器にはならない。
もし、そこで成功したいと思うなら、
画力に加えて、”個性=オリジナリティー”が必要となるのだ。」
ペガサスハイドの言葉を借りるなら、漫画家=仕事。
ペガサスハイドは、漫画家という仕事が大好きだったと言っていた。
大好きだった仕事だからこそ、「漫画家になりたい!」と言っている人たちに、「仕事ができていないこと」を教えているのだそうだ。「ここをこうしたら商品になる」ということを教えている。叱咤激励しているのだ。
しかし、残念なことに、「漫画家を目指してます!」と言う人には、アシスタントになるための技術を知りたがる人が、なぜか多いと言っていた。
そういう人は、”作家”にはなれないらしい。
僕はそれをこう解釈した。
仕事 =漫画家 = 技術 + ”個性”
つまり、あらゆる仕事において、技術以外に必要となるものがあるのだ。
”個性”である。
では、”個性”を手に入れるためにはどうしたらいいのだろう?
ペガサスハイドが答えを体現してくれている気がした。
”好き”なことを仕事にすることだ。
つまり、先程の等式は間違っていた。これが正解か。
仕事 = 漫画家 = 技術 + ”個性” × ”好き”
この等式からわかることは次の3点。
①”好き”なことを仕事にしたほうが、”個性”が発揮される。
②”個性”があると、仕事で成功しやすい。
③技術だけでは、それ以上のヤツに勝てない。
明日、女の子に会ったら、こう言いたい。
「僕は”好き”なこと仕事にしてるから、”個性”的で輝いてるだろ?」
……なるほど。だから僕は、ペガサスハイドに惹かれたわけだ。
仕事で輝けるヤツは、みんな個性があって魅力的なのね。
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