【長編連載】アンダーワールド~冥王VS人間~ 第二部ー74
「アメジストドーム」
優香が厨房に行ったのをきっかけに向井達も休憩室に戻った。
見ると入り口の両端に大きなアメジストドームを設置する、
死神の姿があった。
「向井がこれ、ここに置くように言ったんだって? 」
牧野が向井と新田の近くに歩いてきた。
「そうなんだけど、
こんな立派なドームをよく二つも用意できましたね」
向井が運んできたエハに近づいた。
エハは保管庫を担当している死神で冥界での調達係でもある。
「緑川さんにお願いしたら、
意外と早い段階で見つけられたので、
入り口の左右に置くことにしました。
阿吽の像みたいでしょ? 」
「御託宣室のものよりいいんじゃないですか? 」
「そうだと思いますよ。
浄化の目的で探してたのでお値段もかなりの額だったみたいで、
フェムトンが悲鳴を上げてました」
エハは他人ごとのようにクックッと笑った。
「これって何? 」
牧野が不思議そうにドームの近くをウロウロした。
「俺達は日常的に悪霊と接してるので、
知らないうちに体に陰の部分が溜まっているんですよ。
これを置くことで体が軽くなって気分的にも楽になると思います。
俺で実験済みなので保証しますよ」
「へえ~」
「母岩はコーティングされてるから触れても大丈夫だよ。
ひんやりして体が吸い込まれていく感じで軽くなるから」
手伝っていたアートンが牧野に説明する。
「冥界の人間には治療にもなるんじゃない」
エハもそういい、ドームを固定した。
牧野は恐々触れると声を上げた。
「おお~気持ちいい~」
「新田君も近づいてみるといいよ。
それだけでも体の疲れが軽減されるから」
向井の勧めに新田もドームの前に立って軽く目を閉じた。
「確かに落ち着きますね。
頭もすっきりして気分もいい」
「これからは空間も浄化されて、
悪霊にやられた体のメンテにも効くと思います」
向井がそういったところで廊下から話し声が聞こえてきた。
誰だ?
部屋を出ると冥王の姿があった。
「何かあったんですか? 」
向井が近づくと、
「ああ、いま三途の川でちょっとしたトラブルがあってね。
特別室組の霊が上がってきて、
とりあえず隔離サロンの方へ移動させたんだよ」
サロン担当の死神カトルセが説明した。
外形はクールで知的な印象があるが、
話すとその気さくさからサロン霊には人気が高い。
「また、特別室の人数が増えるんですか? 」
向井の肩がげんなりと力が抜けた。
「いや、今いる特別室のうち二人は、
そろそろ献上する命もないので隔離室へ移動させます」
冥王はそういいながら向井の肩を叩いた。
「新たな霊は何体なんですか? 」
「二体……いや一体かな?
一体は条件聞いて、
そんなことまでして冥界にいるつもりはないと、
再生を希望したから」
カトルセが思い出すように話をした。
「みんながそうやって、
再生の道へ進んでくれると助かるんですけどね」
冥王が言ったところで経理部のディッセがやってきた。
高身長のスポーツマンタイプだが、
本人曰く運動はまるでダメと笑っていた。
「そんなこと言ってると金が入ってこないですよ」
ディッセが言った。
「お金? 」
向井が聞き返すと、
「昔は六文銭も本物だったけど今や紙。
年間三億は入るはずなのに貨幣損傷等取締法って何さ。
だから特別室に来る輩の隠し財産は、
冥界では貴重な資金源なんだよ」
向井が首をかしげるのを見て冥王が説明した。
「彼にはね、投資をお願いしてるんですよ。
短期投資での彼の腕前には、
驚くべきものがありますからね」
「まぁこっちは冥界なので株式投資も裏から色々とね。
死神ならではのやり方があるんだよ。
向井さん達の給料にも関係してくるので、
隠し財産は大事なんです」
ディッセが悪だくみでも話すように笑った。
「おかげで冥界サミットでも、
うちの金がものを言ってるでしょう? 」
ディッセが冥王の顔を見た。
「まあ、
こっちの顔色を窺っている所はありますね。
でもね、駆け引きというのは、
バラまきすれば気分はいいでしょうけど、
軽視されるので策略としては何も生み出さないわけですよ」
「それでもないよりあったほうがいいでしょう」
「そりゃ何をするにもお金は必要ですからね」
そんな話をしているとドセが慌てた様子でやってきた。
「向井さん、特別室から呼び出しがきてます」
「分かった。今行きます」
向井がその場を離れようとすると、
「向井君」
冥王が声をかけた。
「もし彼らが何かを言ったとしても放っておいてください。
そして道川と灰田の二人には、
地獄路の門まで案内をお願いします」
地獄路は特別室の住人の最後の場所だ。
門までという事はその手前にある審判室で、
冥王からの裁きを受けることになる。
向井は冥王の表情を見ながら、
「下界での災害に何か関係があるんでしょうか」
「彼らのこれまでの行動を考えると、
凶行に及ぶ可能性があるからね」
冥王がそういったところでトリアが来た。
「カトルセいた~隔離サロンで問題発生だって」
「やばいやばい」
カトルセが慌てて駆け出して行った。
「全く……冥王も禿げるなんて気にしないで、
死神少し増やしてよ」
トリアがそれだけ言って去ろうとすると、
「ちょうどよかったです。
君にも話しておきたいことがあるので、
ディッセと一緒に私の部屋へ来てください」
冥王はそれだけ話すと歩き出した。
「面倒くさいなぁ~」
トリアはそういいながらも、
ディッセと一緒に執務室へとついて行った。