【長編連載】アンダーワールド~冥王VS人間~ 第三部ー79
「冥王おすすめ漫画」
冥界に戻ると再び下界で大きな揺れがあったようで、
死神課の前で数人が集まり何やら話をしていた。
「向井さん、お帰りなさい。地震大丈夫でした? 」
エナトが声をかけた。
「今も大きな揺れがあって、
下界では怪我人も出たみたいです」
オクトが言った。
「ここに戻る前に起きた大きな揺れは虎獅狼達も一緒でしたけど、
すぐにおさまりましたから」
「これだけ頻繁に地震が続くと下界は危険かもしれませんね」
エナトがひと思案するように腕を組んだ。
虎獅狼達は大丈夫だろうか。
そんな事を考えながら、
「そうだ。冥王は今、どこにいるか分かりますか? 」
向井が聞いた。
「冥王なら図書室かもしれませんね。
コミックの発売日でしょ」
オクトが笑いながら言った。
冥王はお気に入りのコミックは新刊が発売された後に、
図書室で読むのが日課になっている。
向井はその足で図書室に向かった。
中をのぞくと、
数人の死神とサロン霊が本を読んでいる姿が見えた。
奥では河原が立ったり座ったりしながら、
一人芝居のような動きでキーボードに文章を打ち込んでいた。
以前、
「私って動き回らないと書けないんだよね。
こう………主人公の動きとか敵の行動とか、
頭の中で舞台のように動いてるの。
担当編集者にはウザいと言われたけど、
これが私のスタンスだからしょうがないのよ」
と言っていたのを思い出した。
確かに見てると…ウザい? というより面白い?
向井は笑うと、そのまま冥王を探した。
いつもなら本棚付近のカウチで、
寄りかかりながら読んでいるんだが………
ん?
見ると今日は牧野が気持ちよさそうに寝ている。
漫画が床に落ちているので寝落ちしたのだろう。
向井は本を拾うと牧野の横にあるミニテーブルに置いた。
さて、冥王は?
周りを見渡すと、
和室のソファー座椅子に寝転がっている姿が見えた。
「冥王」
向井が声をかけると本から顔を上げた。
「今日はこちらで読まれてたんですね」
「ん? あぁ、お気に入りのカウチは、
牧野君に取られちゃったのでね」
冥王はリクライニングを戻すと伸びをした。
「何か用ですか? 」
「少し聞きたいことが………」
そこまで言って、
和室の横にある壁に貼られた大きなボードに目が止まった。
今月の冥王おすすめ漫画?
「これなんですか? 」
「ん? 」
冥王が和室から出てきて向井が指さす壁を見た。
「なにって、これは私の一押しですよ。
本の帯に店長のおすすめとかあるじゃないですか。
だから私も冥王おすすめというのを作って、
セイに貼らせたんです」
冥王が自慢げに胸を張った。
「今は赤い神聖ばぁに勝てるものはないんですけど、
これはお薦めの一つなんです」
そういって今まで読んでいたコミックを手渡した。
『あっちむいて妖怪』?
「これが面白いんですよ。
この国があっちもこっちも妖怪だらけになって人間が住みにくいので、
妖怪のふりをして生活する主人公の話なんです」
向井は本をパラパラめくりながら最後のページで手を止めた。
「あれ? これって河原さんの原作なんですか? 」
「そうなのよ~」
向井の背後から河原が顔を出した。
「おわっ! びっくりさせないでくださいよ」
「これさ~私の初期のころの作品なんだけど、
あの時は今一つヒットしなかったの。
だけど死んだら大ヒット? コミック化もされてさ。
私も遅すぎた天才だったのかもね~」
「それ、自分で言いますか? 」
向井はあきれ顔で笑った。
「でも、河原さんは御健在の時から、
アニメにも映画にもなった人気作家さんでしょう」
「まぁね~」
「そうそう。新田君のドラマも、
安達君が夢中になっているアニメも河原さんの原作ですよ」
冥王がまるで自分の事のように楽しそうに話す。
「私って、やっぱ才能あったんだね~」
河原はのけぞって大笑いした。
「で、筆の方は進んでいるんですか? 」
「まあ、ぼちぼちね。
ここに来てさ、
冥界の物語も書きたくなったんだよね。
で、今、プロット書いてるんだ~」
「ほお~あの人気作品の閻魔は酷いからね~
そのお話の方はカッコイイ、
好かれる上司にしてくれるんですよね? 」
「えっ? 冥王は出てこないよ」
「何ですと!? 」
冥王が目を見開いて河原を見た。
「冥界のお話なのに私は出ないんですか? 」
「なに? 冥王を主人公にしてほしいの? 」
「それはそうでしょう。冥界の神ですよ。私は。
カッコよくて、仕事もできて、
みんなのヒーローみたいな? 」
「………」
向井と河原が無表情で冥王を見る。
「そんな物語を誰が読みたいんですか? 」
向井が言うと、
「私は読みたいです」
不機嫌そうな顔をして河原を見た。
「却下! 第一、私が書きたくない」
しょんぼりする冥王を見て、
河原は仕方がなさそうな顔をすると口を開いた。
「でも、まぁ、冥界の話なら冥王も陰の主役として、
カッコよく登場させるか」
「だったら早く書いてくださいよ」
「あのね~そんなにサッサッとかけたら、
締め切りに追われる事なんかないでしょ」
「う~私は読みたいです」
むくれる冥王と河原を見ながら向井が言った。
「新作もいいですけど、続きの方もお願いしますよ。
エナトさんが続きを楽しみに待ってますから」
「そっか~では、ぼちぼち十三巻出しますか」
「えっ? 出来上がっているんですか? 」
向井と冥王が驚く。
「一冊分はね。冥界でしか読めないからスペシャルだよね~」
河原は笑うと、
「フンフに原稿渡しておくから、
図書室に新刊として置いといてもらって」
それだけ言うと仕事に戻っていった。
フンフは図書室担当の死神で、
冥王のわがままにも応えて本を集め、
河原や葵が描く同人誌も発行して並べている。
「フンフもわがままな奴らに振り回されて大変だよな」