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日常を愛おしく思う歌集 ―『うれしい近況/岡野大嗣』感想—
歌人、岡野大嗣さんの第4歌集『うれしい近況』、すごく素敵な歌集でした!!『うれしい近況』というタイトルの通り、おだやかで優しい歌が多くて読んでいて癒されます。心が凪いでいくよう。読み終わって、わたしはもっと軽やかに世界と向き合って愛していってもいいのかもなあって思ったりしました。自分が生きている何でもない日常、もっと言うと世界を愛おしく思える歌集だと思います。
サインに添えられた短歌
発売日からすこし待ってサイン本を手に入れました。岡野さん、すごく好きで歌集は全部持ってるけどサイン本はまだ持ってなくて、どうしても欲しかったので……。岡野さんはXでサイン短歌は全部で220バリエーションと書かれていて、どの短歌が来るかな~!と楽しみに待っていました。そして来た短歌がこちら。
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声をだせば声がきこえる寝室でそのことが罰みたいに光る
岡野さんの最近の短歌は優しいものが多いからな~どんなほんわか短歌が来るかな~と思って本を開いたら「罰」の字がぱっと目に入って「!?」となりました。しかも知らなかった短歌だ……。あとから調べたら、
「めぐるね」岡野大嗣
— 岡野大嗣 (@kanatsumu) December 27, 2021
短歌24首をまとめました。右から左、左から右のどちらからも読めるようにしています。#tanka pic.twitter.com/uLhFQcHOTm
こちらの連作に入ってる短歌でしたね。21年12月、このころはまだ短歌を好きになる前だったから知らなかったな……。
220通りもあるサイン短歌の中からわたしのところに来てくれたいわば運命的な短歌なのでちょっと意味を考えてみたいと思います。
「罰みたいに光る」とは
声をだせば声がきこえる寝室でそのことが罰みたいに光る
上の句は眠れない夜あるあるだと思う。静かな夜、眠れなくてふと声をだしてみると声がきこえる。この感じはわたしにも覚えがある。ただ下の句「そのことが罰みたいに光る」の解釈が難しい。「罰」なのに「光る」。そこでぱっと思い出したのが木下龍也さんのこの歌。
ねむれないおまえのためにできるのは灯りをひとつひとつ消すこと
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『オールアラウンドユー』のサインに添えられた短歌なので印象深い。この歌についても前に考えたことがある。「灯り」を消すのは優しさなんだよね。夜眠るためには「灯り」とか「光」とかはむしろ邪魔なものだから。この歌の「灯り」は比喩的な意味もあるかもしれないけどここでは置いておく。
岡野さんの短歌の「罰みたいに光る」に話を戻すと、この「光る」はやっぱりいい意味じゃないのだと思う。眠るためにはじっとして静かにしてないといけないのに声をだしてしまった。だからそれが罰のように眠るのに邪魔な光になる=さらに眠れなくなる、という「眠れない」って歌なのかなと思いました。
もう一つ、「光る」がポジティブな解釈。夜中眠れなくてじっとしてると不安で声をだしてみる、声がきこえる、そのことで自分が生きていることを強く感じる。そのことを「光る」と表現したのではないか。「罰みたいに」ってついているから生きることにネガティブにもとれるんですけどね……。
さらに全然別の解釈でたとえばこの歌が『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』に入ってたりしたら官能的な歌にもとれるかなと思いました。自分が声をだせば相手も声をだしてそれがきこえる、「罰みたいに」は二人の関係が許されない(と思っている)もので、「光る」は上記の通り夜にはマイナスの意味。二人の関係的に隠れたいのに隠れられないみたいなのもあるかな。本線の読みではないですが一つの解釈として。
正解があるかどうかはわかりませんが考えていくといろいろ考えられて楽しいですね。短歌を読む楽しみのひとつですよね、こうやってじっくり考えるの。
好きな短歌
まあ全部好きなんですけど、中でも今、特に好きな短歌をいくつか引用して感想を書きたいと思います。ちなみにXの方でOHTABOOKSTANDさんで連載されていた「うれしい近況」についてはほぼ毎回更新されるごとに数首引用して感想を書いていたので、ここではそこで取り上げてなかった短歌を引用して感想を書きます。
パフェ越しにぜんぜん写ってくれていい またいつかゆっくり来ましょうね
映像も会話もぱっと浮かぶ愛おしい歌。主体がいてパフェがあって向かいに相手がいて主体がパフェの写真を撮ろうとしたら相手が「あ、避けようか?」とか言いながら入らないように体を傾けたりする、そんなありふれた一瞬の光景が浮かびました。「またいつかゆっくり来ましょうね」で忙しくて今はゆっくりはできないんだな、でもまたゆっくり来たいと思ってるんだなというのも分かっていいなぁ。主体の相手への優しいまなざしを感じる歌です。
遠足の帰りの電車のなかの気分 釣れたぬいぐるみを抱きながら
楽しい遠足は終わったけど帰って家族に話したいことがたくさんあってまだ気持ちが高揚している感じ。わたしはUFOキャッチャーは全然しないのだけど釣れたぬいぐるみを抱いて帰ってたらこういう気持ちになるんだろうなというのがすごく分かります。うれしいんだろうな。余談ですけど岡野大嗣さん、「UFOキャッチャー」が出てくる歌がわりとあるなと思ってたんですけどご本人がUFOキャッチャーがすごくお上手なんですね。
出先で荷物増やしたらいけないのについ pic.twitter.com/LCnKlRZh7u
— 岡野大嗣 (@kanatsumu) October 13, 2023
歌人のなかでいちばんUFOキャッチャー上手い自信がある
— 岡野大嗣 (@kanatsumu) October 13, 2023
ポストを見て、UFOキャッチャーの歌が多いのはだからかあ……!と納得しました。UFOキャッチャー、ちょっとやってみたくなったな……。
ひとりだけ違う光を見つめてた 死んじゃうよ、って声がするまで
『うれしい近況』にはすこしさみしい歌も収録されています。この歌もそう。「違う光」というのが何かは分からないし状況もいまいち分からないけど、なんとも言えない危うさと儚さを感じる。主体がふわっとしてて危なっかしい感じ、でも一緒にいる誰かに「死んじゃうよ」ってすこし強めの言葉をかけられて現実に戻ることができた感じ。誰かが一緒にいてくれて声をかけてくれて良かった。好きな短歌です。
愛せそう? 一生聴けんままの曲 知らんところで光ってる星
初句が問いかけなのでついどう答えるか考えてしまいます。自分とは無関係な何かを愛すことは難しいかもしれないと思ってしまいます。でも世の中の大抵の人、もの、ことは自分には無関係で知ろうとしなければ知らないまま終わっていくもので……。逆に考えると、今自分の周りにあるものを大切に愛していけたらな、ということも思ったりして……。深い問いかけだなと思います。
『うれしい近況』はときにさみしくときに優しく日常に寄り添ってくれる歌集です。あと装丁もとてもかわいいです!表紙のチェック模様は帯にもある「毛布」の柄なんじゃないかなーとか思ったりしてます。間に挟まる小さい紙もかわいい。映画のチケットの半券を手帳に挟む、みたいなそういううれしい、かわいい感じ。あとあと!「FMオレンジ」という短い小説も収録されているのですがこれもめちゃくちゃいいです!!岡野さんの感性がすごく詰まってる感じで切なく愛おしいお話です。
すごくおすすめの歌集なのでまだ読んでない方はぜひ読んでみてください!
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