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モーニング
家ではなかなか仕事が捗らない。パソコンの前に座っていても、ついゆらゆらとネットの海を彷徨い、気づけば時計の針が30分も進んでいる。「これではいけない」と思い立ち、外で仕事をすることにした。
翌朝、車で30分の場所にあるコーヒーチェーン店へと向かった。その店は朝7時から開いていて、モーニングが有名だという。8時半に店に到着すると店内には人が少なく、「どこでもお好きな席にどうぞ」と通された。
一番奥の窓際、4人掛けのテーブルに座る。メニューを眺め、カフェインレスコーヒーとモーニング(厚切りトーストとゆで卵)を注文した。「ミルクを多めに添えてください」とお願いすると、小さなミルクジャーに表面張力をかろうじて保っている、たっぷりのミルクを持ってきてくれた。
正直、初めて訪れるチェーン店のコーヒーには期待していなかったが、深みがあって美味しい。トーストも表面は香ばしく、中はふうわりとやわらかい。バターはつけない。バッグには常に、美味しい自然海塩を忍ばせているので、ゆで卵にはその塩をつけて食べた。
いくつか間隔を空けた席では、70代くらいの男性が一人、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。常連なのだろう、「コーヒーチケットで」と注文している声が聞こえた。昔ながらの喫茶店では長居するのは憚られるけれど、チェーン店ではゆっくりと仕事ができるのがうれしい。とはいえ、コーヒー一杯でどれくらいの時間を過ごせるのかは難しい問題だけれど。
仕事は面白いようにサクサクと進み、今日中に終わらせておきたいところまで行き着いた。なんという充足感。なぜ、家ではこういかないのだろう。週に2回は通えたらと思い、支払い時にコーヒーチケット(随分とお得になる)を買って店を後にした。
店内の壁には「アルバイト募集」の貼り紙があった。「時給1,000円。6:00〜22:00で都合の良い時間に」。朝の時間帯はとても静かな店内、ここで働くのはどんな気分だろう、とつい想像してしまう。窓がたくさんあって明るい空間、年齢が高めで落ち着いている客層、静かなクラシック音楽。
大学生の頃、さまざまな飲食店でアルバイトをした。夏の間の1ヶ月間、大きなデパートの最上階にあるファミレスで、ウェイターをしたこともある。勤務して2週間経った頃、朝礼で表彰をされた。各テーブルの隅に置いてある「お客様の声」という箱に、私の接客を褒める投稿が2件あったという(当時、店のスタッフはみんな名札をつけていた)。そもそも、そんなアンケートに答える人がいたことに大変驚いたのだけれど。
接客は嫌いではない。人付き合いは苦手だが、その場限りの接客はむしろ得意と言っていいかもしれない。だから、コーヒーチェーン店でアルバイトをしている自分の姿も容易に想像ができた。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」。気持ちの良い時間を過ごしてもらい、客を送り出すのは心愉しい。
とはいえ、いまさらアルバイトをすることは考えられないけれど、人生で私にできることの選択肢の一つではある。