一日一菓

エッセイ/旅の記憶/食べること/生きること

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  • 旅の記憶

    旅はわたしにとってなくてはならないもの 人生の旅の記憶

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ストックホルムの画家

スウェーデンのストックホルムで、夕方、海辺を散歩していた。2日前、ヨーロッパを周遊する長距離バスEurolinesで到着したばかりだった。強烈な夏の西陽を浴びながら、私はスケッチブックを広げられる場所を探していた。 絵心があるわけではないけれど、旅先では何かしら絵を描くことにしている。無数のボートのうちの1隻を描いていると、背後から低い声がした。 「Are you an artist?(アーティストなの?)」 見ると、50代後半くらいの男性だった。短パンにビーチサンダル

    • 秋と冬の食事会

      毎年、母と誕生日を祝い合う。私の誕生祝いには、地元の行きつけの料理屋Yへ行くことが多い。今年はなかなか帰省のタイミングが合わず、1ヶ月以上が過ぎたつい先日、Yの予約を取った。Yでいつも通されるのは、カウンター席。調理の様子がよく見える、特等席だ。 まずはビールを、と思っていたが、当日はとても寒く、初めから日本酒を頼むことにした。気に入りの酒が切れているということで、似たような酒をとお願いし、運ばれてきたのは千葉の酒「寒菊」の無濾過生原酒だった。母は酒が飲めないので、ノンアル

      • 長崎

        地元に帰省した際、母と一緒に長崎へ行った。高速船に乗れば、対岸の長崎までは45分。昔は車も乗せられる大型フェリーが運行していたが、利用客が激減し、廃線となった。今日は波があり、途中、何度か大きく上下に揺れる。定刻に対岸に到着し、バス停で目的地までのバスを待つ。 次のバスまで40分もある。こちらも利用者が少ないのだろう。昼間は1時間に1本程度。仕方ない、とベンチに座って待っていたら、少し先を目的地行きのバスが走っていった。 フェリーターミナルの出口すぐのところにもう1つバス

        • 手帳

          毎年、年末が近づいてくると、翌年の手帳を買う。ここ数年使っているのは、1日のスケジュールを縦に時間ごとに記入できる、バーティカルタイプ。表紙は大抵、黒を選ぶけれど、数年に1度、アイボリーの気分になるときもある。 使い慣れている手帳は安心感があって良い。最初の部分に月ごとのスケジュールが書き込める見開きスペースがあり、そのあとに、1日ごとのスペースが続く。年初には、1番下にある余白部分に、その日に食べた食事を記録したりもするが、面倒になってたいてい1ヶ月しか続かない。 手帳

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          23本

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          幼なじみのM

          私には幼なじみがいる。お互いの両親が同じ職場に勤めていたので、生後まもない私たちは、職場が契約している個人の託児所に一緒に預けられていた。幼なじみのMの家は私の家のすぐ裏にあり、歩いて10秒ほど。私の部屋から、Mの部屋が見える距離だった。 Mは小さい頃からとても活発で、私とは正反対。人前で話すことをこよなく愛し、司会役には率先して立候補するタイプ。高校生の頃には強豪校の陸上部キャプテンも務めるなど、とてもアクティブな女性だ。 小学校、中学校は一緒だったので、毎朝Mがうちま

          幼なじみのM

          信じることができるかどうか

          最近は夜が明けるのが遅くなってきた。 今朝、6時半ごろに窓を開けると、空には小さな月が残っている。あまりにもきれいだったので、寒かったけれど上着を着込み、縁側からしばらく空を眺めていた。 先日の車の件がやっと落ち着き、平穏な日常が戻ってきた。あの気持ちの揺らぎが嘘のように、いまは心が凪いでいる。 今回、お世話になることになったのは、同じ集落にある自動車整備工場A。初めは、できれば、これまで車の購入やメンテナンスをずっとお願いしていた店Bで今後も、と思っていたが、希望の車と

          信じることができるかどうか

          車を迎える

          先日、もうすっかり暗くなった夕方、土砂降りの雨の中、車を運転していた。3車線ある大きな道路だった。帰宅の時間帯だったのだろう、車がとても多くて少し渋滞していた。特に急いでもいなかったので、前の車と適度な距離を開けながら、ゆっくりと運転していた。 信号が変わりそうだったので、ブレーキを踏んだ。すると、ブレーキの効きが悪く、前の車との距離がどんどんと縮まっていく。慌ててブレーキを深く踏み込み、ハンドルを思いっきり回した(と思う)。エンジンがいきなり止まり、ハンドルも動かない。大

          車を迎える

          人恋しさと満月

          友人から紹介してもらった、鍼灸の先生に予約を取った。婦人科系の不調と膝、腰を診てもらうために。ナビを頼りに目的地に到着したが、目当ての家が見つからない。教えてもらっていた番号に電話をかけると、すぐ近くまで歩いて迎えにきてくださる。笑顔がとてもやわらかい女性で、ホッとする。 ベッドが置いてある狭い部屋に通され、まずは問診を受けた。気になる症状について時間をかけ、詳しく説明すると、先生が水色の罫線が引かれたメモパッドに鉛筆でさらさらと記入していく。これがカルテなのだろう。 抵

          人恋しさと満月

          手放すと入ってくるもの

          好きで始めた仕事を、細々とながらも続けてこられたのはとても幸せなことだと思っている。ただ、もうずっと、自分には合っていないのではないか、と思い続けてもいた。 けっして、嫌いな仕事ではない。むしろ、楽しい部類の仕事だといえる。人から感謝されるし、自分のアイデアを活かして働くことができる。でも、仕事のことを考えると辛くなり、ひどくなると体に不調が出てしまうこともある。体はとても正直。直感に従って生きているわたしにとって、不調は心からのメッセージだといえる。 ならいっそのこと、

          手放すと入ってくるもの

          老いること

          2年前からほぼ毎日通っている温泉で、よく会う女性がいた。85歳はゆうに超えているだろう。背中は大きく曲がっていて、顔は腰の位置のちょっと上くらい。低いハスキーな声が印象的な彼女との出会いは、正直良いものではなかった。 初めてその温泉に行ったときのこと。まずは洗い場で体を洗おうと思ったら、その温泉にはシャンプーやボディソープなどが置いていなかった。回数券を買えば1回200円ほどの温泉なので、入浴者はシャンプーなどを持参しなければならない。 「しまった」と思ったが、もう遅い。

          老いること

          ヴァインショルレ(Weinschorle)

          最近、お酒を飲んだ日には決まって夜中に目が覚める。遺伝的にアルコールに弱い質だが、年々、その傾向が強くなっている気がする。翌日に仕事がある日には飲まないようにしていて、休日前にもグラスにワインを2杯ほど。お酒が弱いながらも楽しめるすべはないかと模索し、最近ハマっているのがワインの水割りだ。 邪道に聞こえるかもしれないけれど、ドイツではワインの水割りを「ヴァインショルレ(Weinschorle)」と呼び、ヨーロッパでは特に夏に好んで飲まれている。一般的なワインのアルコール度数

          ヴァインショルレ(Weinschorle)

          呼ばれる場所、つながる人

          20年以上も前のこと。奈良の天河神社にお参りに行くことにしていた。ここは誰もが行ける場所ではないと聞いていた。天河の神様に呼ばれないと行けないらしい。近くの宿に電話して予約をすると、最後の1室が空いていると言う。運がいい。これはきっと行けるぞ、と心が浮き立った。 出発当日の早朝に、めずらしく叔母(父の妹)から電話がかかってきた。「お父さんが亡くなったから、急いで帰ってきなさい」。旅行に出る準備はしていたので、急いで飛行機のチケットを取り、荷物を抱えて家を飛び出した。空港で待

          呼ばれる場所、つながる人

          おかげさま

          先日、誕生日を迎えた。また一つ歳を重ねたわけだが、いくつになっても、なにも変わらない気がする。大人になると誕生日にケーキを買ってお祝いすることはなくなったけれど、毎年ささやかなことでいいから、できれば特別なことをしたいとは思っている。 今年はちょうど日曜日にあたり、仕事も入っていなかったので、せっかくならと日帰りで出かけることにした。行き先は「宗像大社」。最近思うところがあり、神社参拝をすることにした。 当日は朝から澄み渡った秋空で、格好のドライブ日和。高速を運転する間、

          おかげさま

          卵は万能選手だ。卵そのもののおいしさはもちろんのこと、一緒に調理する食材のおいしさもしっかりと引き出してくれる。また、全体をまろやかにまとめる力もあり、まさにオールラウンダーといえる。 卵が冷蔵庫にないとなんだかそわそわして、落ち着かない。今朝、冷蔵庫を開けたら、卵のパックに残りは1つだけ。今日、出かけた帰りに買ってこなくちゃ。忘れないよう、スマホのメモ機能に「卵」と書き込んだ。 お気に入りは月に一度訪れる日曜市で買う平飼い卵。農家のNさんとは知り合いで、一度鶏たちが育っ

          買い出しのあとに

          食料品の買い出しには、ほぼ決まったルートがある。まずは近所の産直から。ここはとても巨大で、野菜や果物、肉、魚、パン、卵、惣菜、菓子など、なんでも揃っている。県外のナンバープレートの車も多く、いつもたくさんの人で賑わっている。その日の朝に、生産者自らが並べる野菜はとても生き生きとしていて、しかも手頃な値段で手に入る。 野菜売り場では、季節の変化を感じることができる。日中はまだまだ暑いけれど、最近はレンコンやさつまいも、落花生などが並んでいて、秋が着実に訪れていることを知る。月

          買い出しのあとに

          モーニング

          家ではなかなか仕事が捗らない。パソコンの前に座っていても、ついゆらゆらとネットの海を彷徨い、気づけば時計の針が30分も進んでいる。「これではいけない」と思い立ち、外で仕事をすることにした。 翌朝、車で30分の場所にあるコーヒーチェーン店へと向かった。その店は朝7時から開いていて、モーニングが有名だという。8時半に店に到着すると店内には人が少なく、「どこでもお好きな席にどうぞ」と通された。 一番奥の窓際、4人掛けのテーブルに座る。メニューを眺め、カフェインレスコーヒーとモー

          モーニング