#55 百鬼堂農園(7) 鉄の爪
フリッツ・フォン・エリック一家の話ではない。映画「アイアンクロー」を観に行きたいが、そんな暇はない。「ゴジラ×コング」も観たいが、「悪は存在しない」はもっと観たい。市民農園を借りてからというもの、ゲームの時間は明らかに減ったが、ささやかな読書時間も減り気味。もう仕事やめて農耕に専念したいなあ、という妄想に駆られる。
隣の区画の東さん(仮名)は、ちょうど一年前に市民農園を借りたという。スコップを器用に使い、とてもきれいな畝をつくっている。ここの土壌、粘土みたいで固くないですか?と聞いてみた。私より少し上の年齢と思われ、穏やかさを絵に描いたような東さんは、恐ろしいことをさらっと語ってくれた。
「去年の春にここを借りて、あまりに土が硬いので、ひたすら耕し続けたら、肘をやられました」
医者に通って、治るまでしばらくかかったとのことである。気をつけてくださいね、と笑顔で言われた。足腰痛いは想像してたけど、肘を壊すというのは想定になかった。これは結構怖い。仕事のみならず生活全般に影響は大きいだろう。気をつけなければ。
しかしこの土壌は、作物に対してストロングスタイルなだけではなかった。農耕者にとっても、どこまでストロングスタイルなのか。農耕者の根性と本気度と体力気力が試されている。昭和の新日本プロレス道場か。
平鍬ではらちがあかない。というわけで、ずっと導入を考えていた新兵器購入に踏み切る。鍛造備中鍬。刃先が3つにに割れた憎いやつ。ホームセンターでおよそ1,600円。こいつは凄いやつだった。
ザクッと土に刃が入り、土を起こすのも楽で、簡単に耕せる。分かれた刃が土に入る時点で塊が砕けている。起こすときも、粘土質の土が細い刃にはくっついてこないため、軽い。これは素晴らしい。鉄の爪ブラボー!「たんぞうびっちゅうぐわ」。声に出していただくと、この美しい日本語がありがたく感じられるのではないだろうか。
サクサクと畑の三分の一ほどを耕す。東さんも、これはいいですね、と目を輝かせていた。とはいえ、この調子で全部耕すぜ!などと調子に乗ると、どこかしら身体を痛めることになるかもしれない。東さんの怪我を他山の石として、自重していきます。