𝗡𝗮𝗼𝗵𝗶𝗿𝗼 𝗞𝗼𝘀𝗮 | 小佐 直寛
連載小説:MIA(Memories in Australia) 【*平日の正午ごろに連載を更新します】 22歳の青年・斉藤晶馬は、現実から逃避するように単身オーストラリアへ渡った。彼はどこへ行き、なにを感じたのか?常に不安定な若者だった『僕』。今となっては、おぼろげな記憶。改めて掘り起こす記憶の断片。異国での十分な資金もない生活、日銭を稼ぎ続けることで糊口を凌いだ日々。それぞれのエピソードが繋がったとき、どんな物語になるのだろう。ぜひご一緒に。 (※この物語は実体験をもとにした”フィクション”です) 2022 Memories in Australia. (c)Naohiro Kosa #青春小説 #平日連載 #humm_clab #kosanaohiro #ストーリーテリング
世の中に「やったほうがいいこと」はたくさんあります。それは仕事のうえでもそうだし、子育てや教育のうえでも、また健康についてもきっとそうです。そういう、やったほうが良さそうなこと(情報)は自分から探しに行かなくても知ってしまう(目に入ってしまう)ことが大半ですよね。インターネットをひらけば、AIの提案、広告掲示や関連記事で過剰なほどたくさんの情報を目にしていますから。「ほ〜、そうなんだ」と思ったり「いや、これは嘘っぽいな」と判断しますよね。毎日そんなことに曝されているのですから
フィールドレコーディングの音源(録音物)は、耳から入ってきた音の印象を、頭の中で再構築して認識をしていくことですので、音源がどう聞こえるかは、最終的に聴いている人の感性にゆだねられます。まさか鳴っている音すべてに細かな説明文を書くわけにもいきませんから、聞く人の経験のなかに知っている音があるとか、知らなくても想像して自分側に引き寄せることができるかどうかが肝要です。その点では、日本人とヨーロッパの哲学の関係に似ている部分もあると感じます。日本の哲学は、ヨーロッパのそれ
では、芸術とはなにか。芸術は、何を目指せばよいのだろうか。 芸術は、前衛的である。尖んがっている、と言い換えてもいい。よく見れば重々しく、決してフレンドリーでもない。それでも、これは何だろう?という興味を起こすような強い磁力を放っているものだ。芸術の多くは、私の理解を超えたものであり、つまり拒絶されたようにも感じる。しかし、ある時には、(驚くべきことに、初見でありながら)これ以上ないほどに自分を理解してくれていると感じることがある。その体験は胸にこみあげてくるもので、非常
フレデリックのことを話すミン爺さんを見ながら、僕は僕の父親のことを思い出した。父は僕が外国に行くことをすごく喜んだ。日本を発つ前、まるで自分が旅へ行くかのようにうれしそうにしていた。父親になるということはどういうことか、僕は知らない。ひとり息子を想う親の気持ちを、この耳で直接聞いたことはない。放任主義なのだと信じ込んでいたが、本当は息子との距離感に困っていたのかもしれない。家に帰ると、僕の父親は、いつも何かしらの本を読んでいた。父のシングルソファの後ろには、たくさんの本が平積
借りた本を抱えて来た道を戻る。老人の家をでるときにすでに雲行きは怪しかった。みるみるうちに空は暗くなり、バケツをひっくり返したように雨が降り出た。本を服の中に抱え込み路地裏を走った。期せずして、チャンの店の前でジェイコブと鉢合わせた。「ひどい雨だな。今帰りか?」「ああ、今日はだめだ。誰も出歩いちゃいねえよ。サーキュラーキーのあたりは早いうちから土砂降りだったぜ」店に入りチャンに配達完了の報告をする。「ミン爺さんは元気だったか?」ミン爺さん?「ミンさんと言うのですか。名前は聞き
その老人は、口数の少ない穏やかな人だった。部屋に上げられた僕は、老人の側にあった小さな急須から入れた茶を振る舞われた。白い陶器の湯呑み。濃い湯気が部屋に差し込む光に照らされて揺らめいている。茶は、薄く、苦かった。「あの、これミスター・チャンからです」と僕は言い、預かっていたVHSを手渡す。ありがとう、という仕草をして老人はにっこりとした。老人の瞳は深い位置にあった。それは抽象的な意味でもあり、実際の見た目でもある。深く刻まれた顔の皺。瞳はその奥の方に、小さく静かに位置し、僕を
電子レンジで温め直した小籠包は出来立てのおいしさとはほど遠いものがあった。チャンに差し入れをするには気がひけ、結局、その晩ジェイコブとふたりで三人前の小籠包を食した。帰りに6缶パックのビールを買ってきてくれるところを見ると、ジェイコブの路上演奏はそれなりにうまく行っているらしい。時々チャンは店を留守にすることがあった。そのとき、晶馬に店番をさせた。報酬は一回40ドル。悪くない報酬だった。チャンが不在にする時間は長くても半日だった。店番のあいだ、僕は安っぽい椅子に座り挿しっぱな
話を今に戻そう。オリビア達のいるシドニーを発ち、ゴールドコースト、ブリスベン、ヌーサ、バンダバーグ、ブリスベン郊外と旅をした僕は、今またシドニーにいた。チャイナタウンの一角にある、フレデリック・チャンのレンタルビデオ店の2階に居を構えている。日銭を稼ぐための仕事はしていない。生活をするに十分な資金があるからだ。小籠包店のキュートな売り子に挨拶をしたいために紀伊國屋シドニー店へ行き、吟味した結果「使える!指差し中国語会話」を購入した。シドニーには、沢山の人がいる。もちろん日本人
店の定休日、朝から支度をして僕のためにフェアウェルパーティが始まった。ANZ銀行での現金紛失事件(一瞬で1,500ドルが消失した日※episode2で語った話)があり、事情を酌んだオーナーの配慮により僕は数週間の間、勤務期間を伸ばしてもらっていた。手荷物を整理し、まだ使えるものはセカンドハンドに売却し、なんとか所持金をかき集めていた。そのおかげで、この店に滞在する期間が延びていた。ベンやクロエ、そしてオリビアは銀行での出来事を一緒に悔しがってくれたが、まだしばらく店で働かせて
休み明けの勤務が始まり晶馬はいつもの日常に戻った。週末にはまだ早い木曜日、店の厨房でディナー営業の開店準備をしていると、ひょこっとエプロン姿のオリビアが現れた。「晶馬、今日からよろしくね」僕はとても驚いた。オリビアは来月から働くんじゃなかったっけ?オーナーがやってきて、そういうことだからよろしく、と僕の背中をぽんと叩く。何がそういうことなのか。しばらくして出勤してきたベンジャミンがオリビアと話をしている様子を見ていると、どうやら僕だけが知らなかったようだ。その日から、オリビア
僕の足音に近づいて、振り返ったのは驚くべきことにオリビアだった。オリビアは天体観測が好きであることを知っていたから、或いは、と思ったが、まさか本当にいるとは思ってもみなかった。やあ、と言って近づくとオリビアは前を向いた。目を合わせるつもりはないらしい。足元は暗いけれども、眼下に広がる夜景と空に輝く星々の光が明るい印象を与えた。僕たちが君を探し回っているんだということは、わざわざ言わなくてもいいかもしれないと思った。僕は黙って、オリビアの隣に座った。「ここは星がよく見える場所な
酒屋からの帰り道、ベンと二人でたくさんのビールを持って坂を下った。帰り道が上り坂でなかったことが幸いである。オーナーの家に到着すると、クロエも来ていて、オリビアと二人で食事の準備をしてくれている。いつ見ても仲の良い姉妹である。かくして、ピザ・パーティは開かれた。この日も、オリビアをのぞく全員が酒を飲み、各々ゆったりと好きに過ごしていた。最高の休日である。いよいよ暗くなってきて、オーナーがベンたち高校生に帰るように促した。オリビアがいなくなっていることに気が付いたのはクロエだっ
意識してしまうくらいの視線だった。時折、欧米文化の感情表現は、日本人の僕にはややストレート気味に見えることがあるのだ。忙しく調理や配膳をしているなかで、ふと息をつき客席を見渡す。すると、僕の方を見ている女の子。追加オーダーの催促かと思い、ジェスチャーでオーダーですか?と尋ねると、そうではないと首を振る。オーダーならばウェイター係をしているベンの友人たちがいるから大丈夫だろうと思って気にも留めなかった。また忙しい時間が過ぎて、ふと息をつき客席を見渡すと、またさっきの女の子と目が
「今日はクロエは一緒じゃないんだね」どちらにともなく聞いてみる。「彼女は友達とペンリスに友達の応援に行ってるみたい、クリケットって言ってたかな。家に電話したら、オリビアが電話口に出て、暇だっていうから一緒に晶馬のところに来たんだよ」という。「迷惑だった?」オリビアは尋ねる。「そんなことはないよ。僕も暇にしてたところだったし」オリビアはうん、と頷く。しばらく、静かな時間が流れた。ベンはビールを飲み干しげっぷをした。オリビアは髪を左右で分けて三つ編みにして、さらに後ろで束ね直して
当時、ベンは僕が下宿しているオーナーの家にもしょっちゅう来ていた。勤務先が休日の昼下がり、買い物にも出かけず、家の裏口にあるテラスでひとり、ビールを飲んでいたときのことだ。携帯電話にベンから着信が入る。「やあ、何してるの」「オーナーの家の裏口でビールを飲んでる」「はは、いいね。近くにいるんだけど行ってもいいかな」「平日だよ、学校は?」「今週から休暇だよ」「そっか、そうだったね。了解」テラスからは芝生が広がっていて、時々飛び交う小鳥以外に何もいない。ぽかぽかと良い天気だった。そ
口に酸っぱい不快感が広がり、涙に悶えた。ふと人の気配を感じ振り返ると、そこにいたのはクロエの妹、オリビアだった。大の大人がぼろぼろと泣いていることの恥ずかしさから、その場を立ち去ろうとするがオリビアは僕の前に立ち尽くした。仮にもオリビアは16歳である。高校生の女の子に本気の嗚咽を聞かれたと思うと恥ずかしさで僕はどうにかなりそうだった。なぜ、ここにオリビアがいる?みんないい気分でソファに居たはずでは?そうだった、オリビアだけは酒を飲むことのないようにみんなで約束を守ったのだった